小説

『傾国』椎名爽(『刺青』谷崎潤一郎)

都会に出てきて一年。男の一人暮らしは悲惨だ。床に寝転がり周りを見渡す。散らかった狭い部屋。山積みにされた教科書。早々に自炊を諦めたからキッチンはきれいなまま。俺の部屋の中で異様に浮いている。
偏差値だけは高い大学の文学部にぎりぎり合格した俺とは違って、周りの奴らは地頭がいいので嫌になる。バイトもサークルもやってはいるものの、受験期に夢見たものとは程遠い。彼女は一度できたが、半年も経たずに別れた。一般的な顔立ちの俺にほいほい彼女ができるはずもなく、今は気になっている人すらいない。大学にはカップルがちらほらいる。もれなく美形。やはり美しい者は強者、醜い者は弱者なのだと痛感する。俺に彼女ができたのも、たぶんまぐれだ。
「あー、こんなはずじゃなかったんだけどな」
俺の独り言はいやに響いた。

この生活に刺激が欲しい。しかし人と関わるのも気がのらないし、新しい趣味を見つけるというのも面倒くさい。悩んだ末に、俺はタトゥーを入れてみることにした。
 タトゥーを入れるという結論に至った理由は、性癖をばらしてしまうようで正直言いづらい。実は、俺は人が痛がっているのを見るのが好きだ。これは前の彼女との行為で発覚した。厄介な性癖を持って生まれてしまったなあと我ながら思う。

1 2 3 4 5 6 7 8