『檸檬、その後』小川葵(『檸檬』(京都))
『檸檬、その後』 画本がゴチャゴチャに積み上げられ、一番上に、檸檬が置かれていた。 「すぐ直して」 店主が私に言った。京大あたりの学生がよく本を立ち読みし、そのまま棚に戻さず帰っていたので、その度、書籍担当の私は客に […]
『月の湖』夏野雨(『竹取物語×白雪姫』)
親指を滑らせて、星座アプリを立ち上げる。さそり座。はくちょう座。おおいぬ座。事務机を透かして星座がちかちかと光っている。たぶん地球の反対側で見えている星座。 椅子に座った自分が浮いているみたいなきぶん。金星。木星。そ […]
『真夜中のメンコ大会』鈴木和夫(『地域の伝説。言い伝え(夜、墓でメンコの音がする)』(愛知県豊川市))
私が子どもの頃、家のまわりは舗装されない凸凹だらけの道ばかりだった。雨が降ると水たまりが出来て、それが遊び場になったりした。今より子どもの数が多くて、近所だけで十人くらいの遊び仲間が出来ていた。 小林マコト君は私より […]
『月桃の声』久白志麻木(『耳なし芳一』)
當木(とうき)家は今より百年ほど昔から続く家系で下関に出自があり、そこから段々と東へと流れて向島へやって来た。依(より)という青年は現在二十六歳で、その當木家の末裔にあたる。 嘘か真か、當木一族の先祖は小泉八雲の小説 […]
『エバーグリーン・ガール』久遠静(『櫻の樹の下には』)
「もし私が死んだらさ、桜の樹の下に埋めてくれる?」 先輩はそう言って、静かに地面に倒れていった。 桜の花びらが宙を舞っていた。 天井から赤い幕がゆっくりと降りてくる。 徐々に先輩の姿が観客から見えなくなった。 […]
『三年寝ず太郎』y.onoda(『三年寝太郎』(山形県))
太郎は中学三年の秋を迎えていて、小学六年の頃から三年ほど眠っていない。第二次性徴期に睡眠を取らなくなることは、思春期不眠症といって、この頃では珍しくない。専門家であれば、目の下のくまの濃さで、眠っていない期間のおよそが […]
『かごめかごめ』春野太郎(『座敷わらしのはなし』(岩手県遠野))
「大道めぐり、大道めぐり」 一生けん命、こう叫びながら、ちょうど十人の子供らが、両手をつないで丸くなり、ぐるぐるぐるぐる座敷のなかをまわっていました。どの子もみんな、そのうちのお振舞によばれて来たのです。 ぐるぐるぐ […]
『とある夫婦とブランコ』真銅ひろし(『夢を買う』(新潟県))
12月。 世間がせわしなく動いている時に旧友の和也に呼び出された。そして喫茶店で聞いたその内容に私は戸惑った。 「先生?」 「そう。どう?」 スーツを着た和也は胸ポケットから名刺を出してくる。そこには『JOINTO […]
『白蝶』木戸流樹(『鶴の恩返し』)
春の早朝、木漏れ日を照り返し、光り輝く銀色の繊維の中に、彼女は囚われていた。細くしなやかな体。そして透きとおる美白の、可憐な羽。 私は彼女の舞う姿を一目見たくなり、オクテットの脚を持つ魔物の巣から彼女を救ってやった。 […]
『歌舞伎町物語』國分美幸(『遠野物語 寒戸の婆』(岩手県遠野地方))
三月四日、早朝の歌舞伎町を一人の若い女が白い息を吐きながら、疾走している。白と黒のコントラスが美しい着物の裾をたくし上げ、履き慣れない草履に何度も足を取られ、派手な化粧は汗で滲んでいるが、彼女はお構いなしに必死に走る。 […]
『再×n配達』秦大地(『走れメロス』)
津島は逡巡した。自らの誓約を果たすため、今日こそは彼(か)の人に会わねばならなかった。すぐにでもこの場を発ち、自らの家へと帰り着かねばならなかった。 津島にはビジネスはわからぬ。津島は大学生である。バイトはしていたが […]
『甘露の泉』潮路奈和(『椎葉村平家落人伝説』(宮崎県椎葉村))
ざぶんと体が沈んでいく音がした。 口の中が塩辛い。 目の前の男は何か喚いているが水の中のように音が遠かった。 鈍くくぐもった言葉は、かすかに『おまえたちのせいだ』とだけ聞き取れた。 そばにいた車椅子の老女はなん […]
『ワンルーム・ジャイアント』そるとばたあ(『ダイダラボッチ伝説』(茨城))
わがワンルームには、今日も平和な時間が流れている。 朝、目覚めるとすぐにベッドから起き上がり、カーテンを全開にして窓を少し開ける。外の新鮮な空気をとり入れて、軽いストレッチで寝ぼけた体を起こしたら、洗面所にむかい顔を […]
『山姥の晩餐』遊城日華莉(『三枚のお札』)
一人の少女が道に迷った。そこは深い深い山の奥地。 一人の老婆が少女を見つけた。さらに深い場所にある、小屋へと少女を連れて帰った。 しばらくして老婆は出刃包丁の刃をギコギコと研ぎ始めた。 少女は樽風呂に浸かっている […]
『椀貸淵の主』 田崎ミト(『椀貸淵・椀貸伝説』(山梨県、群馬県ほか全国各地))
八ヶ岳山麓を流れるとある川に、椀貸淵と呼ばれる場所がある。曰く、祝い事や法事で多くの食器が入り用なとき、この淵に行って頼むと必要な分を貸してくれる。近くの住民たちはこれを大事に共有し、丁重に礼をして返していた。しかしあ […]
『彼女の雨傘』元森葵(『笠地蔵』)
いつものように終電が少し過ぎた頃にタクシーで帰宅した。会社からほど近くの、やや築年数の古いマンション。一階にある自宅のドアノブには紙袋が提げられていた。コーヒーショップでテイクアウトする時のような、無地のクラフト紙の手 […]
『滑りたおす』香久山ゆみ(『雪女』)
終業後、会社を出て足早に御堂筋を南下する。入口を通るとちらと受付係は何か言いたそうにしたが、何も言わなかった。いや私の被害妄想かもしれない。貸し靴をサイズごとに整然と並んだ棚から選ぶ。どの靴も私には合わないような気がし […]
『トマトの重さ』綿貫歌(『死神(落語)』)
目が覚めると僕は裸で土の上で横たわっていた。生身の体のそこかしこがいやに濡れている気がしたから、額を抑えて吐きそうになりながらも半身を起こした。そしてまだ夜明け前の薄ぼんやりとした青い光の中、自分の体を凝視した。すると […]
『凍てつかせたのは雪男』五条紀夫(『雪女』)
「お父さん、起きてー。そんなに寝てると腐っちゃうよ」 「寒いよ、結月。掛け布団を返して……」 「もう日が暮れてるよ? 晩御飯にしようよ」 娘の結月が言う通り外はもう暗くなっていた。休日ということもあって少しだけ昼寝をす […]
『鮒になった男』金子真梨子(『鮒女房』(滋賀県/琵琶湖))
割るのに失敗した饅頭のような月だった。昼でも夜でもない、気の抜けた色をする空に、ぼうっと浮かんでいる。いつか、半分に分けようとして、ちっとも半分にならなかった饅頭だ。その大きい方を、可笑しそうに笑いながら女は「あなたに […]
『武道家たちの恋』川瀬えいみ(『鬼娘』(青森県津軽地方))
俺が弓道を始めたのは高校二年の春。 自分で言うのは口幅ったいが、俺は子どもの頃から体格がよく、運動神経にも恵まれていた。 小学校ではサッカーとバドミントン、中学校では野球とテニス、高校に入ってからはバスケットボール […]
『歳蕎麦』藤咲沙久(『時蕎麦』)
「今細かいのしかなくてね、一枚ずつ数えるから手ぇ出してくれ」 屋台からそんな声が聞こえてきたら、これから詐欺が行われるかもしれない。店主は勘定中に他の話を挟まぬよう注意するべきだ。 さて、落語『時蕎麦』では、華麗な詐 […]
『イマジナリー孫』柿ノ木コジロー(『舌切雀』)
―― あ……ばあちゃん? 次の語を発する間もなくいきなり叫び声が耳に飛び込み、思わず携帯を取り落としそうになった。 「ショウちゃん? ショウちゃんかい?!」 いざとなったらすぐに切れるように緩い持ち方をしているせいだ […]
『凡人』山賀忠行(『杜子春』)
アパートの玄関扉の視線の高さには横向きの長方形の透明なビニールポケットが接着されている。そこにクレジットカードサイズの薄い表札が収まっている。右側が開いておりそこからスライドして入れたり出したりする簡素な作りだ。 密 […]
『ごんの贈り物』yoko(『ごんぎつね』)
母親の七回忌を終えた兵十は、華と言う心優しい妻ともうすぐ五歳になる息子と共に、慎ましくも幸せに暮らしていた。 華が採って来る松茸はいつも立派で、珍しい山菜等も、村人からとても喜ばれた。兵十は小さいながらも自分の鰻屋を […]
『夕顔とふうせんかずら』菅野むう(『源氏物語』より「夕顔」)
姉の夕子(ゆうこ)は今日も帰りが遅くなるらしい。 「ごめん、夜、久々の女子飲みなんだ。夕飯はパスで!」 軽い調子であたしに告げると、早々に家を飛び出して行った。 朝ごはんはー? と聞く間もなかった。 夕子は外資系 […]
『神推し』花園メアリー(『古事記』)
てっきり今日はバイトの夜勤だと思っていた夫が、実は休みになったのだと聞いてわたしはあせった。 今日の夜は困る。わたしは夫には秘密で、出かけるつもりでいたのだ。 おいしそうに晩酌のビールを飲みながら、テレビを見てのん […]
『星のブランコ』香久山ゆみ(『羽衣伝説』(大阪))
「星のブランコ」――大阪の生駒山系にある全長280メートルの吊橋で、歩道専用橋としては日本第三位の長さを誇る。 周囲の木々が黄金に色づいている。平日にも関わらず、家族連れやカップル、登山客のグループで賑わっている。私は […]
『21番目のこぶ』白石如月(『こぶとりじいさん』)
「ここ、わかりますか。赤ちゃんの首の後ろ、むくんでいるでしょう」 妊娠13週目のエコー検査のあとだった。診察室に移動した私を前に、医師の顔からはやわらかい笑みが消えていた。 「これは、ダウン症の赤ちゃんの特徴なんです。 […]
『蔦結びと仮面の森』木暮耕太郎(『怪人二十面相』)
D坂は閑静な住宅街にほど近いエリアで、都心にありながら緑も多く、趣向を凝らした飲食店が至るところに散見される。瀬田祐介は星付きホテルのシェフとして経験を積んだのち独立し、このD坂エリアに念願の自分の店を持つ運びとなった。 […]