ざぶんと体が沈んでいく音がした。
口の中が塩辛い。
目の前の男は何か喚いているが水の中のように音が遠かった。
鈍くくぐもった言葉は、かすかに『おまえたちのせいだ』とだけ聞き取れた。
そばにいた車椅子の老女はなんの表情もなく明後日の方を見ていた。
*
「またなんで移住を?」
町役場の窓口で田宮が言った。滝沢が渡した名刺と滝沢の顔を交互に見ている。
「今回は社の方針で。リモート事業への取り組みの一環です」
「ああ……。リモート、増えましたよね」
「ネットがあれば出社しなくていい仕事なら、地方からの就職も可能ですし、こういった地域にはお役に立てるかと」
「そりゃあまあ。頑張って成功させて欲しいところですね」
田宮の社交辞令に滝沢は曖昧な笑みを浮かべた。
左遷だろう。田宮の態度にそう言われているような気がした。
実際、そうだ。やる気のなくなった社員なんて飼い殺すくらいなら切りたいのが企業の本音だ。とはいえそう簡単にクビにもできない。移住しろと転勤でもない業務命令はおそらく本音では退職勧告だった。
が、滝沢は簡単にその思惑に乗った。現場の第一線から離れたいが、企業を離れるほどの勇気はない。今の気力で今以上の会社に行くことは不可能だ。かといって異業種を目指せるほど何かに心惹かれるわけでもない。仕事に夢は不要だが最低限の興味は必要だ。そんな滝沢にとって、過疎が進む地方へ移住しろと言われても特に痛手はないのだ。