小説

『甘露の泉』潮路奈和(『椎葉村平家落人伝説』(宮崎県椎葉村))

 夢とはどんな味がするのだろうか。
 滝沢はまだ若い匂いのする酒を小さなグラスに注いだ。小さな泡が立つ。
 薄い金色のシャンパンのようで、思わず見惚れた。
 ひとくち、口をつけるとやさしい甘みと泡のかすかな刺激が喉の奥で跳ねた。甘いだけの夢じゃないと言われたようで、滝沢は苦笑した。



 円山に言われたからではないと自分に言い聞かせながら、滝沢は黒木酒造が見える裏路地を歩いた。田んぼが広がる中、ぽつんと浮かぶ白い塀は趣がある。
 確かに観光にも使えるかもしれない。
 門に通りかかったとき、中から大声が聞こえた。

 かばんを抱えたスーツ姿の中年男が飛び出してくる。
 追いかけてきたのは楓だった。

「待ってください!」
「何度言われても無理なんです」

 楓を振り切って走り去る男に、滝沢はあっけにとられる。
 男は滝沢を見るが、そのまま何も言わずに立ち去った。

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