小説

『白蝶』木戸流樹(『鶴の恩返し』)

 春の早朝、木漏れ日を照り返し、光り輝く銀色の繊維の中に、彼女は囚われていた。細くしなやかな体。そして透きとおる美白の、可憐な羽。
 私は彼女の舞う姿を一目見たくなり、オクテットの脚を持つ魔物の巣から彼女を救ってやった。はたはたと自由気ままで、無邪気に舞う。木陰から日なたに向かって。
 私もこんな風に……。

 その夜、家に帰ると弟に昆虫図鑑を借りた。
「姉ちゃん、なにか珍しい虫でも見つけたの?」
「ううん。ただのモンシロチョウ。」

 なるほど、あの真っ白い羽はオスの特徴なんだ。なんとなく勝手にメスだと思っちゃった。
「白鳥のヒントを蝶々に求めてんの?」
「白鳥は、もういいかな。」
 来週は所属しているバレエ団体で『白鳥の湖』の選抜オーディションがある。でも主役なんて夢のまた夢で、脇役すらももらえないかもしれない。もうバレエなんてやめたい。でも他にできることなんてないから、小さな小さな居場所から逃げないように、追い出されないようにする。本当に、つま先立ちでギリギリ入れてもらえる小さな居場所から。

 
 稽古は毎日行かないといけない。もちろん休んでもいいのだけれど、オーディション前に休むような人はいない。自主練習。惰性の自主練習。自主性のない自主練習。今日もこれを乗り切る。もう私に声をかけてくるミストレスはいなくなった。
 電車に揺られる。2、3年前なら必ず立っていた。電車は体幹トレーニングの場所だった。今は空いている席があれば必ず座る。

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