小説

『白蝶』木戸流樹(『鶴の恩返し』)

 私は昨日の言葉の意味を考えながら、いくつもの質問を用意して公園に向かった。公園に着くと、青年の横に1人の女が立っていた。真っ黒な洋服を身にまとい、同じく真っ黒な帽子を深々と被り込んでいた。
「あの……」
「コイツは私のだ。」 
女は私の言葉を遮り、怒気を纏った声で言った。
「ごめん。練習に付き合うことはもうできなくなっちゃった。どうだろう、ちゃんと恩返しできたかな。恩返しのつもりが、途中から楽しんじゃってたけど。」
青年は強引に腕を引かれながら言う。
「だから、恩返しってなんのことなの!」
私の質問には答えてもらえないまま、青年と女は暗闇に消えていった。

 次の日、オーディションの前日。青年は公園にいなかった。公園を軽く散歩する。なんとなく、あのモンシロチョウのいた木の下に行ってみる。街灯に照らされた銀の線が、木のてっぺんにまで広がっていた。てっぺん近くに彼女が、いや、彼が囚われている。そして、もがいている彼のそばで、真っ黒な蜘蛛がこちらをじっと睨んでいた。

 オーディションの当日、私は全力で演技をした。あの青年の、純粋で無邪気な舞を思い出しながら。あの真っ黒い女の、どこか悪魔的で、妖艶な佇まいを思い出しながら。
 結果発表のとき、私の名前が呼ばれることはなかった。ひとり、階段の踊り場で泣いた。どうにか声を押し殺そうとするけれど、静寂な踊り場は微かな音も拾い、響かせる。
 少し落ち着くと、後ろから肩を叩かた。振り返ると、今回審査員をしていたミストレスの1人である上田先生がいた。

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