小説

『トマトの重さ』綿貫歌(『死神(落語)』)

 目が覚めると僕は裸で土の上で横たわっていた。生身の体のそこかしこがいやに濡れている気がしたから、額を抑えて吐きそうになりながらも半身を起こした。そしてまだ夜明け前の薄ぼんやりとした青い光の中、自分の体を凝視した。するとそこには赤い液体がべったりと付いていた。
 僕は半狂乱に声を上げてひとしきり騒いだ後、今いる場所がトマト畑であることに気がついた。慌ててこびりついた汁を指で拭って少しだけ舐めてみると、確かにそれはただのトマト汁であった。
 安堵からしばらく呆然とそこに座り込み、ただ宙を眺めた。辺りにはおそらく自分が折り散らかしたであろうトマトの茎が落ちており、畑を囲うフェンスの隙間から差し込む朝日が目に痛かった。
 僕は徐々に昨日の出来事を思い出し、頭を抱えた。
――そうか、僕は単位を落としたのか。
 昨日、大学の前期末の試験結果が開示された。私は四年生になり、就活もそこそこ上手くいって内定も貰っていた。あとは卒論さえ無事に提出できればそれで僕の大学生活は有終の美を飾れると浮かれていた。しかし一点だけ、自分の過失から生まれた不安があった。それは本来二年生で取っておくべき農学基礎IIという必修科目の履修を四年生になる直前まで忘れていたことだった。当初は所詮基礎分野であるからと僕は甘く見ており、そこまで深刻に考えてはいなかった。
 だがしかし、就活に明け暮れた四年生前期は出席日数がギリギリであり、それに加えてその試験内容というのが思いの外難しかった。僕は歯を軋ませながらも書き切った解答書をもとに、何の根拠もなくまあ大丈夫だろうと思い込んでいたのだが、現実は甘くなかった。
 昨日開示された試験結果には強めのゴシック体で「D」と記されていた。つまり、落単である。

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