小説

『トマトの重さ』綿貫歌(『死神(落語)』)

 僕は目を輝かせながら、未だかつてこれほど試験で楽しい気持ちになったことがあるだろうかとその半生を振り返りながら狂喜乱舞の末に解答を提出した。
 中間試験が終わった後、件のベンチに向かうとそこには老婆がちんまりと座っていた。私は老婆のもとに駆け寄ると靴でも舐めそうな勢いで言った。
「僕はどうしたらいいでしょう! 何が欲しいですか? お金なら何とか出せます!」
 僕の矜持も何もない姿を見て老婆は鼻で笑った。
「そんなものは要りませんよ」
「じゃあどうしたらいいんですか。期末の問題はいただけないんですか」
 僕は老婆が取引を投げ出すのではと顔を青ざめさせた。老婆は少し馬鹿にしたような視線を寄越して言った。
「問題はあげますけど、アタシは何にも要りません」
「そんな、本当ですか」
「本当ですとも」
 ただ、と老婆は付け加えた。僕はその言葉に何と続くのか、頭の悪い犬のように黙って待った。
「アナタの生き様が見れればそれでいいんです」
「生き様?」
「生きる有様」
 意味はわかりますけど、と声を少々荒げると通行がしげしげとこちらを見るものだから僕は体を縮こまらせた。
「じゃあ、試験の一週間前にまたここで会いましょ」
 私は首がもげそうなくらいに激しく頷いた。

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