小説

『トマトの重さ』綿貫歌(『死神(落語)』)

 僕はヒスを起こして所属している落語研究会の同期を呼びつけると校内で朝まで飲んだくれた。友人らは途中で呆れて僕を見放したから、最終的に僕は一人全裸でトマト畑の中酒を飲んでいたらしい。
 僕は犬にでも悪戯されたかのように地面に埋もれている衣服を掘り起こしてそれを身につけた。トマトの汁と土塊とが合わさって最悪の着心地であった。そして誰かに見られていないことを祈りながらフェンスを乗り越え帰宅した。

 知らぬまに秋も深まり、上着がなくては肌寒い季節に変わっていた。僕は再び農学基礎IIを履修する羽目になっていた。そして先程ようやく今日の授業が終わったので、教室を出たところの外のベンチでぐったりしていた。
 僕は卒論の資料集めに卒業旅行の資金稼ぎのための連日のアルバイト、落語研究会の卒業講演会の準備と何かとやることに追われていた。しかしやはり極め付けは農学基礎IIである。どうしてかこの授業というのが頭に入ってこないのだ。担当教授は五十をとうに過ぎていたが、その顔が昔僕の彼女を寝取った先輩に何となし似ているという点で見るとイライラしてくるのは大きいかもしれない。
 僕は疲労でベンチの上で溶けそうになっていた。
 そんな中、僕の隣に座る人物がいた。何の気なしにチラと横を見ると、どうにも陰気臭い白髪頭の老婆が座っていた。大学校内は地元の年寄り連中の憩いの場にされているから、老婆がいることは別に驚くことではなかった。しかし垂れ流しているその不穏な空気というか、怨念じみた雰囲気が僕を居心地悪くさせた。
 僕が席を立とうとした時、その老婆が口を開いた。
「アナタ、何か困ってるんでしょ」
 突然声をかけられたことに僕はびくりとして錆びついたブリキ人形のようにカクカクと声の方に首を向けた。
「いえ、別に……」
「嘘をおっしゃい、アナタの顔を見ればわかりますよ。ああ、農学基礎IIの単位をまた落としでもしたら卒業出来ないと、それを恐れてる」
 僕は老婆の言葉に思わず変な声が出た。
「何故それを」
「ホラやっぱり、遠くからアナタに死相が見えたものだから気になって近づいたんです」
「死相?」
「死人の人相」
「言葉はわかりますけど、僕死ぬんですか」
 老婆はゆっくりと首を振った。

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