小説

『三年寝ず太郎』y.onoda(『三年寝太郎』(山形県))

 太郎は中学三年の秋を迎えていて、小学六年の頃から三年ほど眠っていない。第二次性徴期に睡眠を取らなくなることは、思春期不眠症といって、この頃では珍しくない。専門家であれば、目の下のくまの濃さで、眠っていない期間のおよそがわかるほどだ。
 原因は特定されていないが、過剰なエネルギー摂取と昼夜を問わない外界からの強い刺激によるものではないかとされ、メディアでは過剰社会に対する過剰進化だと書き立てられた。この状態に危機感をもつ者はもちろん一定数いたが、一方で、不眠の若者を「ニューヒューマン」と呼び、このまま人類を眠らない生物へアップデートしようとする者もいた。彼らの関心は眠らないことで生み出される深夜時間をどう過ごさせるかに向けられていた。
 その筆頭は深夜塾である。これまでの塾では扱わないような発展的内容をカリキュラム化し、優秀な人材を育てることに成功した。深夜塾出身者を進学校が積極的に受け入れる動きも生まれ、中には不眠症を発していないのに深夜塾に入れられる中学生が出るほどだった。

 この未来の宝をこぼれ落とさないようにと、一部の政治家が思春期不眠症者を寝せないように呼びかけた。一度でも眠ってしまうと、症状が回復の方向に向いてしまうためだ。そこである著名な科学者は、眠気を覚ます方法について研究した。それによれば、最も簡易で効果的な方法は、唐突に背後から肩をタップすることだという。この研究結果は、たちまち世間の耳に入り、深夜塾や家庭では早速取り入れられた。そして、これは計算か誤算かは不明だが、良からぬことをたくらむやつらがこの科学者の発言を笠に着て、不眠症かどうかは構わずに、若者を見かけたら肩をタップするいたずらを流行らせた。その結果、特に不眠症者は、家でも塾でも、そして町中でも、とめどなく背後から手が伸びてきて、タップされ続け、いよいよその症状は揺るぎないものとなった。太郎もその一人である。また今も、ふと誰かに肩をタップされた。

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