小説

『三年寝ず太郎』y.onoda(『三年寝太郎』(山形県))

 肩をタップされたのは、太郎が一番後ろの車両の扉を開けようとしたときだった。振り向くと制服を着た女の子がいた。耳にはイヤホンをつけていた。
「あなたも寝ず太郎?」
「え?どうして僕の名前を知っているの?」
「本当に太郎っていう名前なの?」
と言うと、女の子は笑い出した。女の子の周りでは、不眠症の子を「寝ず太郎」と呼ぶらしい。寝太郎のもじりである。
「正真正銘の寝ず太郎に会えて光栄だわ。私はゆめ子。私も寝ず太郎よ」
 ゆめ子は目元のくまを指でなぞってみせた。
「太郎くんは、どこまで?」
「わからない、どこまでなんだろう」
「私も同じ。成績が落ちっぱなしで、もう寝た方がいいって言われた。目が覚めたところで降りればいいって」
 太郎とゆめ子は、最後の車両に入ると、並んで空いていた席に腰かけた。
 ゆめ子は片方のイヤホンを外すと、
「ねえ、一緒に眠ろうよ。一人じゃ怖いんだ」
と言って、太郎の左耳にイヤホンを入れた。小さくピアノの音が鳴っていた。
「これ誰の曲?」
「Sっていうピアニスト。日本で最高のピアニストらしいよ。眠るのにいいから持っていけって言われたの」

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