小説

『三年寝ず太郎』y.onoda(『三年寝太郎』(山形県))

 深夜塾の授業中、太郎は肩をタップされ、びくりとした。チンパンジーの言語についての授業だったが、退屈だったのでチンパンジーの顔に落書きをしていたところだったのだ。太郎が体でテキストを隠すようにすると、また肩をタップされた。振り向くと、丸めがねのチューターが「ちょっといい?」と、相談室の方を指差していた。もう片方の手にはタブレットがあった。これまでの操作の履歴を残すように、画面には指紋の跡がいくつもある。
 「チンパンジー語」の授業を抜けられるので、太郎は内心喜びながらも、チューターが呼びつけた理由は察しがついた。チューターの後に続いて相談室に入ると、彼女は早速タブレットのロックを解除した。指紋の向こうから、まるで朝日でものぼってきたかのようにライトがついて、稜線のような折れ線グラフが映し出された。
 太郎の成績である。太郎の成績は眠れなくなった小学六年の頃からうなぎのぼりのように上がっていったが、中学二年の九月を頂点として、そこからは下降線の一途だった。
 丸めがねのチューターは、何も言わずに太郎の人差し指をとって、そのグラフをなぞらせた。一度ではなく、二度、三度と。そうしていると、中学二年の九月を過ぎた後の線の感触は、下降というより落下に近く、太郎は自分の成績が、ここからまた上がるようには思えなかった。
「わかるかい、この感じ」
 チュータは手を離して言った。
「正直、ここまで落ちちゃうと、うちのレベルにはあってないよ。早いとこ他へ移った方がいい。知り合いの塾が、あなたみたいな不眠症スランプの立て直しをやってるのよ。紹介するよ、どう?」
 太郎はため息をついて、目を覆った。チューターは、太郎の背中をさすって、悪いようにはしないから、と前置きして続けた。
「こういう仕事だから、キミみたいな不眠の子を何人も見てきた。確かにニューヒューマンのような子もいたけど、みんがそうじゃない。キミ、夢は?」

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