『二人は朝食を食べながら、夢の話をする』ノリ・ケンゾウ(『魚服記』太宰治)
オサムは滝の流れるさまのぼうっと眺めながら、自分が崖の上から流れ落ちることを想像せずにはいられない。想像しているうちに、なぜだかオサムはその崖の上の川の中に移動している。泳ぎが苦手なオサムは、簡単に川に流される。流され […]
『ダビ』ノリ・ケンゾウ(『地球図』太宰治)
長崎の海からそう遠くない場所に位置する、我が高校の一室に、本校が部活動等で獲得した歴代のトロフィーがずらりと並んでいる。今年度もバレー部、ソフトボール部の活躍によりトロフィーが二つも増え、そのほかにも期待できる部を本校 […]
『恋と影』和織(『死と影』)
あの店がもう存在しないと知っていても、訪れてみて、駐輪場になっているのを目にすると、やはり少し切ない気持ちになった。仕事でこの付近に出向くことがなければ、きっと二度とここへ来ることはなかっただろう。そうやって避けていな […]
『幸せな泡』中村久助(『人魚姫』)
私は人間の王子に恋をして泡になった人魚だ。 私は彼を一目見た時から恋に落ちた。それは初めての感覚で、幸せなようで苦しくて、切ないけれどあたたかいような、不思議な気持ちだった。 難破船から放り出され、溺れて死にそうな […]
『スワンプボーイ』泉鈍(『沼』『沼地』芥川龍之介)
どうにもならない怒りに囚われて、これはもう飲むしかないな、だけども、行きつけの店は常連と揉めたばかりだしな。どうしたもんかと普段と違う帰り道を選んで、見知らぬ路地を曲がって曲がって曲がって。 一軒のバーと出くわした。 […]
『君という銀貨』小山ラム子(『星の銀貨』)
あ、またやらされてる。 放課後。忘れ物を取りに地学室に行くと、一人の女子生徒が掃除をしていた。この場所はわたしが当番だったときは最低でも四人でやっていたと思う。これがこの生徒じゃなければわたしは疑問に思っただろう。で […]
『不動産王』渡辺鷹志(『わらしべ長者』)
不動は山奥でひっそりと暮らす真面目な青年。自分の家の畑を耕したり、山の手入れをしながら質素な生活を送っていた。平凡な毎日ではあったが、不動は今の生活に特に不満はなかった。 ある日、不動のもとに知り合いの男がやって来た […]
『ななつ山』はやくもよいち(『杜子春』)
小学4年生の三条陽人(はると)は、切り立った崖を見上げています。 目の前に、太古から積み重なった土の層がありました。 それは何万年、何億年という、気の遠くなるような時間の積み重ねで出来たものです。 化石マニアの陽人はもっ […]
『洋ちゃんと真理ちゃん』佐々木ささみ(『ヘンゼルとグレーテル』)
「さあ、真理ちゃん、残さず食べないとだめよ。」 「いや!食べない!」真理は激しく首を振った。おばあさんはやれやれとため息をつく。真理は毎回、出した食事を残そうとする。そして毎回、おばあさんはお馴染みの手段に出てしまう。 […]
『どこからが未来でとわこで俺たちで』もりまりこ(『一寸法師』)
世間でもいいし、学校の教室どこでもいいけどちょっとお叱りを受けてる人をみると、なんとなくいや無性にかばいたくなってしまう。たぶん小さい頃からの癖だと思う。 うまく適合できないだとか、融通がきかないとか、まわりと調子をあ […]
『ワールズエンドキャッスル』もりまりこ(『城』)
ブースの中で電話が鳴ってる。緑色に点滅した着信ランプをみながら、鞄を斜め掛けにしたままで、インカムをつける。こっちが名乗る前に相手の男の人は「カスタマーセンターですか?」って問いかけてきた。 ここはカスタマーセンター […]
『夏光』藤野(『紫陽花』)
年の頃はいくつだったのか。 見上げた世界の広さを顧みるに、3つ頃だったのではないだろうか。 打ち水に輝く紫陽花の庭の中、からりと白い石を拾い、池の端から顔を出す青蛙に放り投げる。コツン、当てが外れた場所に落ちた石の […]
『あ/め』澤ノブワレ(『飴を買う女』)
――駄菓子屋なんてこの時分、先行き真っ暗な仕事ですよ。ウチは卸の仕事があるから何とか持ってるけどね、同業者はどんどん倒産してますよ。そりゃそうだ。お客は百円玉握りしめた子どもらバッカリなんだから。その子どもの数が減ってる […]
『ロミオとジュリエツコ』橋本雨京(『ロミオとジュリエット』)
樹里(キサト)恵津子が、ジュリエという忌々しいあだ名を久しぶりに聞いたのは、ちょうど一週間前のことだった。 「あれ?……ジュリエ?」 すれ違いざまがに声をかけられ、俯きながら歩いていた恵津子は立ち止まった。高校の頃に […]
『Tokyo山月記』両成敗(『山月記』)
近年、引きこもりから虎や狼になるケースが多発している。 多くは20代後半から30代だが、50代で発症するケースも報告されている。7割が男性だ。 この巷では『獣化症』、学術的には『内因性外部異種化症候群』は、2020 […]
『白波の浦』山風大(『伊勢物語 第六段芥川』)
白波の寄る浜離れて舟立ちぬ甲斐なき海路いづこ浮くらむ 大部屋を男女二間に分かつ襖が細くひらくと、幽き面がぬっと出る。そのすがたで、闇のおちこちを左見右見――ト見留めてか、女は襖をするりと抜ける。布団に乱るる酔臥の体を […]
『キッズ』ノリ・ケンゾウ(『猿ヶ島』太宰治)
「ねえオサム、見てよ。綺麗でしょ。ピカピカに光ってて、これはね、僕らにしか見えない景色だよ」 リュウはステージの上から見える観客たちの大声援に手を振ってこたえながら、僕にうっとりとした声で話した。大量のライトが僕らを照 […]
『ずおん』ノリ・ケンゾウ(『雀こ』太宰治)
オサムは小学校の先生をやっていて、二年四組の担任をしていた。小学校の先生というと、子供の面倒見がよくて真面目で優しいように思われるかもしれないが、オサムは面倒見もよくなければ、真面目でもないし優しくもなかった。反対に怖 […]
『ホイッスラーと紙飛行機』もりまりこ(『葉桜と魔笛』)
いつもの街のいつものカフェなのに、その日も店にはタピオカラテしかなくて。あのふっといストローにタピオカを渋滞させながらまた飲むの? って嫌気がさしていたのに、タピオカ以外のラテはおいしいよねって思いながら飲んだ。 つま […]
『タマコ』洗い熊Q(『支那の画』)
貴方には好きな絵画はあるだろうか? 絵画とは問わない。イラスト、ポスターだって構わない。何か一瞬でも心を留める絵というものを。 見つめているだけでいい。人にも勧めたいと想う。何か心の奥底から沸き立つものがあるという […]
『思い届くまで』霜月透子(『赤ずきん』)
一目惚れなんてあるわけないと思っていた。あの晩、彼を目にするまでは。 ユリの家の前に佇む彼を見たとき、ついに王子様が迎えに来たのかと思ってしまった。街灯の明かりに浮かび上がる姿はスポットライトを浴びているかのようだっ […]
『私、パンツを被るのが好きなの。』久保ちょこら(『嘘をつく子供』)
「私、パンツを被るのが好きなの。」 凍えた空気の中、頭からつま先まで、湯気が出そうなほど熱くなるのがわかった。早くこの場から逃げ出さなければ。 「あっ、私この辺でちょっと…。」 「ハーハッハ。」 向かいの席に座ってい […]
『胎児の夢』和織(『ドグラ・マグラ』『青ひげ』)
監禁されて3日目、彼女は眠ることができないまま朝を迎えた。足音が聞こえて、ああ、もうそんな時間か、と思う。彼女を監禁している男が、朝食を運んできたのだ。なんだか、男のことがもう怖くなくなっている自分に気づいて、彼女はた […]
『酔漢リターン』平大典(『月下独酌』李白)
今日みたいな満月の夜が来ると思いだすよ。 一時期、近所の家から酒が盗まれる事件が遭ってな。 ……そうだよ。 近所のひとたちは、集落の裏山に住んでいる伝説の「鬼」のせいじゃないかって噂していたよ。犯人も見つからないし […]
『七番目の地蔵』裳下徹和(『笠地蔵』)
地蔵に笠を被せたおじいさんが、餅を喉につまらせて死んだ。 この事件を調べる為に、私は雪降りしきる道を歩いている。 老人が餅を喉につまらせて亡くなる事例は、珍しいものではない。しかし、喉につまらせた餅が地蔵にもらった […]
『灯』森な子(『高浮彫桜二群鳩大花瓶』)
灯くんを初めて見た時、あ、見つけてしまった、と、何か見てはいけないものを見てしまったような、そんな後ろめたい気持ちになった。霧深い森の奥。突如として現れた石段の先の、すっかり朽ちた神社の境内で、彼は羊水につかる胎児のよ […]
『きってむすんでほどく』平大典(『運命の赤い糸』『続幽怪伝』)
昼過ぎから降り始めた雨は、収まる気配がまるでない。 国道から少し外れた場所にある喫茶店では、数人の客が雨などお構いなしの様子で、おしゃべりしている。 「でさ」目の前にいる齢三〇歳の松尾さんも同じだ。半笑いを浮かべ、口 […]
『二人ぼっちの独り言』澤ノブワレ(『ガウェイン卿の結婚』)
「ハイ、今日は初回だから雑談で終わっちゃったけれど、次回からはちゃんと授業をしますからね。みんなもう三年なんだから、ちゃんと予習してくるのよん。」 鼻歌を歌いながらパピ子が教室を出て行った。五十半ばに差し掛かっているの […]
『おまけ人生』太田純平(『警官と讃美歌』)
無職で何が悪い。そう開き直ったところで風は冷たい。もうじき冬である。時田拓朗は高校を卒業した後、ろくに進学も就職もせず、シナリオライターを志した。毎日書く。その目標はいつしかバイトバイトの日々に埋もれ、年だけ食った。金 […]
『死のうと思っていた』ノリ・ケンゾウ(『葉』太宰治)
そう、たしかに僕は死のうと思っていた。死のうと思って、赤井君にも死のうと思っているんだと飲み屋で酔っ払いながら繰り返し話したし、だから赤井君も赤井君で、僕が嘘でなく死のうと思っているのだと思ってたいそう心配して、それで […]