小説

『灯』森な子(『高浮彫桜二群鳩大花瓶』)

 灯くんを初めて見た時、あ、見つけてしまった、と、何か見てはいけないものを見てしまったような、そんな後ろめたい気持ちになった。霧深い森の奥。突如として現れた石段の先の、すっかり朽ちた神社の境内で、彼は羊水につかる胎児のように背中を丸めて眠っていた。その儀式めいた様子とか、ただならぬ雰囲気があまりに恐ろしくて、肌がびりびりと泡立つほどだった。
「お父さん! 男の子が、男の子が倒れているよ!」
 慌てて大声を出し、父を呼んだ。すると、ガサッと音がして、頭上の木が大きく揺れた。
 そこには大きな鳥がいた。夕陽のように赤い、鋭い目をした、偉大な輝きを放つ鳥。あまりに大きかったので、最初熊が出たのかと思ったほどだ。鳥はじっと、何かを見定めるかのように私の目を見た後、頷くような動作をして、天高く空へ飛び立っていった。大きな羽が宙を掻くと、その風圧で砂埃が竜巻のように舞って、目を閉じずにはいられなかった。
 駆け付けた父が大慌てで救急車を呼んで、男の子は運ばれていった。もう十月も終わりの肌寒い季節なのに、生まれたままの何も身にまとっていないその姿がなんだか哀れに思えて、私は自分が羽織っていたパーカーをそっとその子の肩にかけた。
 男の子は小さなかすり傷こそあれど、誰かに暴力を振るわれていたような外傷はないらしい。しかし、お医者様や警察官が何を聞こうが、きゅっと口を一文字に結んで何も話さなくて、ほとほと困り果てているそうだ、と父は言った。もしかしたら、言葉を話すことができないのかもしれないね。父が放ったその言葉の意味を、私はいまいち理解することができなかった。
 日本全国の行方不明になった子供のリストを一から百まで洗ってみても、とうとうそれらしき子供に該当することはなく、出生不明の彼の身の置き所は宙に浮いた。そんなある日のことだった。
「海、あの子に会いに行かないか」
 父は何故か心配そうな目で私を見ながらそう言った。あの子って? なんて聞かなくてもわかる。森の中で見つけた男の子のことだ。あの劇的な日からしばらく、私は警察署に通い詰めだった。見つけた時の状況とか、周囲に怪しい人物はいなかったかとか、そういうことを何度も何度も繰り返し話して、すっかり疲れてきた頃だった。
 あの鳥のことは、誰にも話していない。言っても信じてもらえないだろうから。それに、大きな鳥がいました、なんて言っても、ふうん。だから? で済まされてしまうだろう。
「いいけど、でも、面会禁止なんじゃないの?」
「うん、そうなんだけど……あの子、お前があげたパーカーを、握って離さないらしいんだ。だから、もしかしたらお前になら何か話してくれるんじゃないかって、お医者様が」
「え……」
「嫌だったらいいよ。お前が気負うことは何もないからね。どうする?」

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