小説

『君という銀貨』小山ラム子(『星の銀貨』)

 あ、またやらされてる。
 放課後。忘れ物を取りに地学室に行くと、一人の女子生徒が掃除をしていた。この場所はわたしが当番だったときは最低でも四人でやっていたと思う。これがこの生徒じゃなければわたしは疑問に思っただろう。でもこいつだったら一人でやっているのにもうなずける。
 一年五組の星野(ほしの) 真理(まり)愛(あ)。わたしのクラスメートである。
 この高校に入学してから三ヶ月。クラスメートとの相性も把握できた頃であり、すでにグループもかたまっている。いけいけなギャルであったり、おたくっぽかったり、体育会系であったり。
 しかし星野はどのグループにも属していない。いや、この言い方だと正確ではないな。星野はどのグループにも属している。ううん、この言い方も正確ではない。星野はどのグループからもいいようにつかわれているのだ。
「あ、鈴(すず)岡(おか)さん。どうしたの?」
 星野が出入り口に立っているわたしに気がついて笑顔を向ける。わたしはこいつの怒っている姿を見たことがない。
「あ、えと、筆箱ないのに気づいて。置いてっちゃったのかなあと思ってさ」
 純真な笑顔を向けられているのに、なぜだか胸のあたりがモヤモヤする。なんだろう。この黒くて気持ちの悪い詰まるような思いは。
「あ! もしかしてこれ?」
 星野がわたしの赤い筆箱を持ってこっちに走ってくる。別にそんなにいそがなくってもいいのに。
「そうそう。よかった。どこにあった?」
「机の下の棚のとこ」
「よく見つけたね」
「掃除してたらあっただけだよ」
 そんなところまで掃除しているのか。わたしは机なんて上をサラッと拭くだけだ。それすらしない奴だっている。しかも星野は一人で掃除をしている。細かい所までやってたら時間がかかって仕方ないだろうに。
「一人で掃除してるの? 他の人は?」
 聞いた後で後悔する。わたしはその理由を知っている。どうせ聞いたって不快な気分にしかならないのに。
「みんな部活とか家の用事とかで忙しいんだって。大変だよね。だからわたし一人でやるよって言ったの」
 ほら、思ったとおりだ。こいつはそういう奴だ。相手の話を鵜呑みにして、面倒事を全て引き受ける。
「あのさ、家の用事は仕方ないにしろ、部活なんてほとんどの奴があるじゃん。それを掃除をやらない理由にしたらほとんどの生徒が掃除しないで済むようになるでしょ」
 つい口を出してしまった。というか星野だって部活をやっていた気がする。たしか手芸部だっただろうか。
「でもわたしは家でもできる部活だから……」
 家に持ち帰ってやるからいい、という意味か。だったら部活の意味がないじゃないか。だって学校で友人と部活動をすることにこそ意味があるんだから。

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