小説

『私、パンツを被るのが好きなの。』久保ちょこら(『嘘をつく子供』)

「私、パンツを被るのが好きなの。」
 凍えた空気の中、頭からつま先まで、湯気が出そうなほど熱くなるのがわかった。早くこの場から逃げ出さなければ。
「あっ、私この辺でちょっと…。」
「ハーハッハ。」
 向かいの席に座っている男はいきなり笑い出した。それにつられて他の人からも爆笑が巻き起こった。
「ちょっと美里ちゃん面白過ぎ。」
「美里、本当?それ。最高なんだけど。もっと聞かせてよ!」
 隣に座る同僚の亜紀も怒ることなく、むしろ嬉しそうにすら見える。
「いや、その…。」
 咄嗟に頭を過ぎった圭太の言葉への仕返しを、なぜ初めて参加した合コンいう場でしてしまったのか、未だに分からない。

「別れよう。」
 圭太からの別れ話はあまりに突然だった。
「いや、ちょっと待って。なんで?なんか悪いことした?」
 大学4年から付き合い始めて、交際3年記念のお祝いディナー後の散歩中だった。何なら今夜プロポーズされるんじゃないかと思い、わざわざディオールのワンピースをレンタルまでしてきたのだ。
「いや、ずっと考えてたんだ。思いつきじゃなくて。」
「いや、そういうことじゃなくて、なんでって聞いてるじゃん。」
「いや、なんでって、そうやっていつもいやとかでもとか、否定ばっかりするし。」
「いや、それは圭太もでしょ?」
「うん、いや、そうだよね。ごめん。正直飽きてきたっていうか…普通すぎるんだよね。」
 20代の男女が3年も付き合っていて、当たり前を積み上げていったら結婚ではなく終了を迎えるなんて誰が想像できただろうか。26歳で結婚、28歳で母となるという人生設計が崩れ、ただ呆然としていたら3ヶ月が過ぎていた。

 思いの外、パンツを被るのが好きという口から出まかせの嘘は盛り上がってしまった。
「いいね〜。俺たちもこういう子がいると正直にお互いのこと話す気になれる。」
「本当ですか〜よかった。」
 男の人と話す時の独特な猫なで声を発する亜紀もとても楽しんでいるようだ。乾ききった喉に、周りに合わせて頼んだ苦手なビールを流し込むと、初めての爽快感を感じた。

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