小説

『胎児の夢』和織(『ドグラ・マグラ』『青ひげ』)

 監禁されて3日目、彼女は眠ることができないまま朝を迎えた。足音が聞こえて、ああ、もうそんな時間か、と思う。彼女を監禁している男が、朝食を運んできたのだ。なんだか、男のことがもう怖くなくなっている自分に気づいて、彼女はため息をついた。鍵を開ける音がして、ドアが開く。男は、ベッドで起き上がっている彼女に目を留めた。
「もう起きてたのか」
「ずっとここでじっとしてるのに、そんなに眠れない」
 男は朝食をテーブルに置き、冷蔵庫にビニール袋を入れると、すぐに出て行った。夜まで帰って来ない筈だが、彼女にはもう、逃走の可能性を探る気力はなくなっていた。襲われたのは、アルバイトの帰り道だった。突然後ろから羽交い絞めにされ、薬品をかがされて、彼女は一瞬で意識を失った。そして次に目覚めたら、この部屋にいたのだ。少なくとも都心ではない、ということくらいしか検討はつかなかった。分厚いガラスの嵌め殺しの窓の外には、裏庭が見える。その庭は木々に囲まれていて、周りの様子を窺い知ることは出来ない。避暑地の別荘のような感じで、部屋の中でいくら叫んだところで、誰かに届くことはなさそうだった。部屋のドアは常に施錠されていて、何かドアを壊すための道具でもない限り、開けることは不可能。そして、その道具を自分が手にする可能性はほぼゼロ。足掻いた分、気力が無駄に消費されるだけだと、彼女は昨夜、結論付けた。
 十畳ほどの部屋にあるのは、ベッドとクローゼットとテーブルと机、それから小さな冷蔵庫。クローゼットには、あらかじめ衣類が用意されていた。クローゼットの隣にあるドアを開けると洗面所があり、その右にトイレ、左にバスルームがある。監禁という言葉が似合わない、綺麗なゲストルームだった。
 彼女はベッドから出て、洗面所へ向かった。歯を磨いて、顔を洗って、部屋へ戻る。テーブルについて、用意された食事に手を付ける。サンドウィッチとコーヒー。コーヒーは、冷めないようステンレスのカップに入っている。冷蔵庫には、先ほど男が入れた昼食が入っている筈だ。朝はパンで、昼食はおにぎり。内容は変わらず、だろう。甘いものが食べたい、と思う。ねだってみようか?と考えて、そんなことを考えている場合ではないだろう、と自分を戒めようとするが、どうも危機感が湧かない。初めは怖いと感じたけれど、男には「危害を加えることはない」と宣言されているし、実際何もされていない。それで、落ち着いてしまった。そういう変に冷静な自分に、彼女自身驚いてもいる。なぜか、「自分は絶対に殺されない」という自信があった。
 夜になって帰ってくると、男は二人分の食事を彼女の部屋のテーブルに並べる。夕飯は、一緒に食べることになっているのだ。一日目は和食、2日目は中華、今日は、イタリアンだった。
「・・・・・甘いものが、欲しいんだけど」
 彼女は思い切って言ってみた。
「何?チョコレートとか?」
「うん」

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