小説

『酔漢リターン』平大典(『月下独酌』李白)

 今日みたいな満月の夜が来ると思いだすよ。
 一時期、近所の家から酒が盗まれる事件が遭ってな。
……そうだよ。
 近所のひとたちは、集落の裏山に住んでいる伝説の「鬼」のせいじゃないかって噂していたよ。犯人も見つからないしな。

「じゃあ、俺がその鬼ってのをつかまえてきてやるよ」

 そう言ったのは、隣に住んでいるおじさんだった。この人は酒が好きで、盗人に腹を立てていたんだ。
 おじさんはその日のうちに、集落の人から撒き餌代わりの酒を一升瓶分もらって夜中に出かけたんだ。
……え? 鬼だなんて信じられないって?
 中学生だった俺もそうだったよ。
 鬼が出る伝説なんてのは、裏山へ子どもたちを行かせないための口実だと思っていたからね。役小角も来たことあるっていう山だから、そういう伝説になったんだろうね。
 おじさんは、酒瓶と懐中電灯を持って、出かけていったんだ。
 満月の夜を選んだのは、月明かりが明るいからだってな。
 強情な人だったからね、親父も引き留めたけど駄目だった。
 親父は不安過ぎて、朝まで眠れなかったみたいだ。
 でも、おじさんは朝方に帰って来るなり、鬼に会ったって言い張るんだ。
……そうだ。もうそのときには、ベロベロの酔っ払いだったよ。玄関にも上がれないし、片方の靴はどっかに無くしていて、ズボンや靴下は落ち葉がべとべととくっついていてな。
 まあ、その日は昼過ぎまで眠らせてな、起きてから家族みんなで確認したんだ。


***


「俺は三人で飲んでいたんだ。山小屋があってな、でっかい暖炉の前で」
 目を覚ましたおじさんは毛布を被りながら、胸を張って言う。
「お前が朝まで飲んでいたのは間違いないが」俺の親父はおじさんの背中をさすりながら、ため息を吐いた。「きっと、鬼なんてのはいなかったんだよ」
「ありゃ鬼に決まっているよ」
「なんでだい?」

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