小説

『キッズ』ノリ・ケンゾウ(『猿ヶ島』太宰治)

「ねえオサム、見てよ。綺麗でしょ。ピカピカに光ってて、これはね、僕らにしか見えない景色だよ」
 リュウはステージの上から見える観客たちの大声援に手を振ってこたえながら、僕にうっとりとした声で話した。大量のライトが僕らを照らしていて、僕の位置からだけ見えるリュウの横顔は、今まで見たどんなものよりも綺麗に見えた。僕もリュウの真似をするように、大歓声の聞こえる方へ向けて、手を振ってウィンクする。僕らがまだデビューする前、レッスンで教えてもらった通りに、ちょっとセクシーに(って先生が言う)ウィンクする。セクシーって言われても僕にはよく分からない。スクールの先生は言っていたけど、リュウのウィンクはスクールができてから今までで誰よりもセクシーで最高なんだって。だから僕はリュウの真似をするように、ウィンクをたくさん練習した。ねえ、僕にもウィンク教えてよ、と僕がリュウに頼むと、リュウは快く教えてくれた。好きな子に手紙を書くようにウィンクするんだよ。リュウはそう言ったけど、僕にはさっぱりだった。僕は手紙なんて書いたことなかったし、好きな子だっていなかったから、まるで苦いお茶を飲んだときみたいに険しい顔になってしまう。それから結局僕は自分で練習するようになって、鏡の前でウィンクを何度もしてみた結果、僕がセクシーに見えるのは、朝起きて眠たい目をこするときみたいにウィンクをしたときがいいみたいだった。皆が僕のことを可愛いって言った。だから僕は大事なステージがある前の日はちょっと寝不足をしたりして、セクシーなウィンクができるように備える時もある。
 僕らがデビューする時の話。ある日、皆でスクールのレッスンを受けているときに、僕とリュウだけが先生に居残りを命じられて、あとのキッズたちはスタジオから外へ出て帰っていった。僕とリュウは居残りを命じられた時点でなんとなく次に僕らに起こることが分かっていた。二人とも口には出さなかったけど、僕たちは「デビュー」するんだ、って分かっていた。デビューっていうのがなんなのか、僕はまだよく分かっていなかったけど。
 スタジオの中にいるのが、僕ら二人と先生だけになって、先生が僕らを近くに寄るように手招きする。スタジオはいつものにぎやかさが嘘みたいに静かだった。
「リュウ、オサム、おめでとう。次はあなたたち二人がデビューするのよ」
 先生は右手でリュウを、左手で僕を抱き寄せて、順番に僕らのほっぺたに軽くチューをした。お母さん以外の人にチューをされるのは初めてだった。なんだか先生がお母さんになったみたいだった。その日、僕らは「スーパーキッズ」になったのだ。

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