小説

『キッズ』ノリ・ケンゾウ(『猿ヶ島』太宰治)

「でもねえ、オサム。これって僕とオサムにしか見えない景色なんだよ。ほんとにすごいよね」というリュウに、「うん」と言いながら、僕はなんだか上の空だった。どうして自分がこんなに大勢の人前に出て、歌をうたっているのかが、どうしてもよく分からなかった。

 僕らがデビューしてからずいぶんと時間が経って、僕とリュウももうすぐ成人を迎えようとしていた。リュウはデビューしてからというもの、ほとんど休む暇もないくらいの人気ぶりで、出る映画は全部主役だし、いろんな雑誌の表紙を飾ることも多くて、まさに国民的スターといっていいくらいの活躍だった。僕もリュウほどじゃないけれど、何作か映画に出演し、リュウの主役のドラマにも脇役で出たりした。たとえば歌番組に僕らが出ればメインの扱いを受けた。ステージに上がるたび、リュウは恍惚とした表情で僕を見て笑いかけて、この瞬間が最高なんだ、という顔をしたけれど、もう僕はステージに上がってもなんとも思えなくなっていた。笑顔のリュウと目が合うと、心が痛んだ。リュウと一緒に過ごすのは楽しくてしょうがないけれど、僕にはこの仕事が辛くって仕方ない。僕らにしか見えない景色、ってリュウは言うけれど、僕は何も見えなくたっていいから、誰にも見られないところへ行きたい。僕らは見ているんじゃなくて、見られてるんだ。どこへ行っても何をしてても、指をさされたり、隠し撮りされたり、根も葉もない噂を立てられることもある。週刊誌が言うことは、嘘ばっかりだけど、たまにほんとのこともあるから余計に怖くなる。
 リュウ、もう逃げよう、僕ら逃げないと。けれども僕の声はきっとリュウには届かない。リュウは逃げたいわけじゃない。みんなに見られている自分が好きだし、自分がどんな風に振る舞うべきか分かってる。天性ってやつだと思う。僕は違う。リュウとは違う。母さんにもう逃げたいって話したら、母さんは大泣きした。あなたがキッズじゃなくなったら、私はどうすればいいの、今までもずっと、このためだけに生きてきたのに。母さんが泣いて、僕は何も言えなかったけど、本当はこう言いたかった。キッズじゃない僕は母さんの子供じゃない? でもそれは意地悪だと思ったから、何も言わなかった。母さんだって、僕の母さんであるだけじゃないんだ。すれ違いはしかたがない。だから僕は逃げる。リュウ、僕は逃げるよ。大歓声のステージの上、僕はリュウに視線を送る。リュウは恍惚とした表情で、僕に向って言う。オサム、僕らは最高だよ。二人で手を繋いで、両手を上げる。会場が揺れるほどに大きな、大きな拍手が巻き起こる。僕は目を瞑った。さようなら、今まで応援してくれてありがとう。リュウがこっちを一目見た。もしかしたらリュウだけはもう知っているのかも。僕らはペアだから。なんでも以心伝心するみたいに、二人が何を考えているのかが分かる。深く下げた頭を持ち上げると、世界が変わったみたいだった。眩しいくらいに光る景色が目の中に飛び込んでいる。綺麗だった。とても綺麗だった。はじめて見た景色だ。僕はそう思った。リュウが僕の手を離した。

 スーパーキッズが、満員のドームライブを大成功で終えた翌日、オサムの失踪が報じられ、ワイドショーはそのニュース一色になった。報道記者にコメントを求められたリュウであったが、何一つ語ることはなかった。

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