小説

『二人ぼっちの独り言』澤ノブワレ(『ガウェイン卿の結婚』)

「ハイ、今日は初回だから雑談で終わっちゃったけれど、次回からはちゃんと授業をしますからね。みんなもう三年なんだから、ちゃんと予習してくるのよん。」
 鼻歌を歌いながらパピ子が教室を出て行った。五十半ばに差し掛かっているのにいつもキャピキャピハッピーそうだからパピ子……そんな無理のあるニックネームをつけたのは、俺の机の前でニヤニヤしている樫間楓だった。
「何ニヤついてんだよ、気持ち悪いな。」
 俺が悪態をついても、楓はニヤニヤしたままだ。
「今年も面白かったねぇ。パピ子の話。」
 変なニックネームを付けたクセに、楓はパピ子が大好きだった。
「いや、眠くてほとんど聞いてない。」
 実際、聞いてはいたがほとんど覚えていなかった。さすがに昼食後の雑談は殺人的だ。
「えー!じゃあ私が今から話してあげるよ。補習補習。」
「いや、遠慮する。」
 楓がそういうことを話し出すと、あっちにいったりこっちにいったりで結局休み時間中に終わらない。俺が本気で拒絶している様子を見せると、彼女はモゴモゴと呟いてブーたれた。しばらく生ぬるい沈黙が続く。俺は何となくスマホを取り出すと、英単語アプリを開いてポチポチやり出す。ステージが一つ終わったのを見計らって、楓が静かに切り出した。
「皐月は、一年の最初の授業でパピ子がした話、覚えてる?」
 そんなの覚えているわけがない……が、なんだか記憶の片隅に引っ掛かっているような気がした。
「ほら、『ガウェインの結婚』の話。」
 ああ、うっすら覚えている気がする。なんだっけ、アーサー王が呪いを掛けられて……
「なんか、なぞなぞを出されるんだっけ。」
「そうそう、覚えてるじゃーん。さすが皐月君、優秀優秀。」
 このノリはウザいが、嫌いではない。
「どんなのだっけ。たしか朝は四本足で、昼は……。」
「違う違う。それは『オイディプス王』でしょ。『全ての女性が望むモノは何か』よ。」
 ああ、そんなんだったかな、と思いながら、俺は単語アプリを進める。
――will(名詞)……A:~だろう B:意思
 こんな単純な引っかけには騙されない。俺は迷わずBを押した。安っぽい効果音とともに丸が表示される。
「で、答えは覚えてる?」

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