ふっと、生ぬるい風が頬を撫でた。スマホを滑る親指が止まる。心に引っ掛かっていた理由が分かった気がした。
「いや、覚えてないよ。パピ子、結局答え教えてくれなかったじゃん。」
妙だな。パピ子はこういった類いの「持ち帰り課題」に対して、次の時間にドヤ顔で答え合わせをするのを忘れないのだけど。
「で、皐月君が出した答えはなんだったのかな。」
「分かるわけないだろ。みんなそれぞれ望むものなんて違うだろうし。」
その答えを聞いて、楓は態とらしくため息をついた。
「そんなんだから皐月君はモテないのだよ。もっと女の子の気持ちを考えないと。そんなんじゃ魔法使いになっちゃうぞ。」
そんな下ネタを平気で使うような女子に言われたくない。
「ていうか、お前は分かったのかよ、その答え。」
俺が聞き返すと、彼女はフッフーンと鼻を鳴らした。
「そりゃもちろん。私だって女の子ですから。」
非常に疑わしい。まあ、俺なんかと絡むような奴に分かるわけもないか。
「で、答えは何なの。」
「ププー、そんなの教えるわけないでしょ。自分で考えなさいよ。女心を考える特訓!」
やっぱり分からないようだ。
「くだらね。そんなもん考えるなら単語の一つでも覚えるわ。」
楓はまたため息をつく。
「はあ、全く。せっかくモテ男になるお手伝いをしてあげようというのに。……さ、そろそろ戻ろうかな。皐月君、戻ってもよいかね。」
「勝手にしろよ。」
俺はまたスマホに目を落とす。暫くしてふと前を見ると、まだプリーツが揺れていた。
二人の会話は、いつもこんな風だった。
三年最初の進路希望調査に書くことは決めていた。「就職」だ。
母さんは俺が小学生の時に死んで、小さな工場をやっている親父が男手一つで育ててくれた。親父の工場は小さいなりに何とかやってるけど、人手不足が厳しいようだ。いつでもそのことをボヤいていた。
親父の工場を手伝わなきゃいけない。それに大学なんか行ける金はない。みんなが大学や模試の話をしている傍らで、俺はスマホをいじっていた。
……なんで俺、英単語なんか覚えてるんだろ。
「で、答えは分かったの?」