小説

『二人ぼっちの独り言』澤ノブワレ(『ガウェイン卿の結婚』)

 なんだろ、根暗な性格?啓子にまで生涯童貞の心配をされてるのかな。そんな風にとぼけていたけど、胸骨の裏側辺りにジリジリと、嫌なヒリつきが座り込み始めていた。啓子が少し言いにくそうに切り出す。
「その、えっと、独り言。」
 え、独り言?なんだろ、俺、無意識に独り言なんか言ってるのかな。
「いや、俺、そんなに独り言言ってるかな。確かに楓とは話してるけど……。」
途端、トゲ立っていた啓子の表情が急速に崩れた。
「やっぱり……そうだったんだ。」
 俺は必死で否定していた。この真面目な学級委員長が崩そうとしている壁なんてないのだと。俺は壁に閉じこもってなんかいないのだと。
「みんな、皐月君がかわいそうだからって……見て見ぬふりしてたんだよ。でも、もうやめよ。もう、やめなきゃ。」
 啓子の情けなく赤らんで、だけどとても強い目が、俺を囲った壁を崩していった。

 世界史は二回目か。担任で世界史の麻井先生……楓がパピ子とかいってたっけ。結局最初の授業は雑談で終わったけど、そういえばなんかクイズみたいなのを出してたな。答えを考えてこいって言ってたけど、全然考えてないわ。
――そういえば、今日は楓、来てないな。
 俺はホッとしたような、少し寂しいような気持ちになる。高校の新しい雰囲気に馴染めない俺に、幼馴染みの楓が必ず一日一回は絡んで来る。多分、俺に気を遣ってるんだろう。母さんが死んで、親父の帰りも遅い俺は、家が隣同士の楓といつも遊んでいた。いや、遊んで貰ってたって感じか。小さい頃から母さんみたいに世話焼きな奴だ。
「鷹野君、鷹野皐月君!」
 突然教室に駆け込んできた麻井先生が、息せき切りながら俺の名前を叫んだ。なんだか嗚咽混じりのようにも聞こえた。教室が妙なザワザワに包まれる。なんだ、俺、なんかやらかした?
「今すぐ荷物をまとめて、職員室に来なさい。事情は後で話すから。」
 俺は訳の分からないまま荷物をまとめた。そして訳の分からないまま職員室に行って、訳の分からないまま麻井先生の車に乗せられて。

……訳の分からないまま管と包帯だらけの彼女を見つめて

……訳の分からないまま途切れてくれないビープ音を聞いて

……訳の分からないまま、二年とちょっとを過ごしていた。

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