小説

『二人ぼっちの独り言』澤ノブワレ(『ガウェイン卿の結婚』)

目を覚ましたのは、保健室のベッドの上だった。俺は啓子の前で錯乱して、そのまま気を失ったらしい。

 あれから、楓は俺の前に現れなくなった。誰もいない教室で、俺は窓の外を見ていた。中庭のカエデも、もうずいぶん色が濃くなって、薄らと山吹が覗いていた。
――どうして俺は、「勝手にしろ」なんて言ってたんだろう。
  どうして素直に、「居てくれ」と言えなかったんだろう。
今更どうしようもないモノが、嫌がらせのように込み上げてくる。と、教室の扉が開いて、入ってくる影があった。パピ子だった。俺は伸びをする振りして、袖で顔を拭った。
「鷹野君、ちょっと話したいことがあるんだけど。」
そのニコニコ顔が、何だかとても頼もしく見えた。
 パピ子は机を一対向かい合わせにして、俺を座らせた。彼女も正面に座ると、一枚の紙を机に置く。俺の進路希望調査書だった。
「私が一年生の最初の授業でした話、覚えてるかしら。」
「『ガウェインの結婚』ですよね。」
 パピ子は別段驚いた様子もなかった。俺が最近になって思い出したことを知っているような態度だった。
「あの答えは、分かったかしらね。」
「いえ、全然。」
 楓は分かったみたいですけど……と付け加えそうになって、やめた。
「あの問題ね、『全ての女性が望むモノは何か』だけど、私は少し違うと思うのよ。私はね、男女に関係なく『全ての人間が望むモノ』だと思ってるわ。」
 スッと、パピ子の指が俺の書いた二文字を指さす。
「答えはね、『自分の意思で決めること』よ。」

「なんだよ、真面目な面して。」
 親父はビールを煽ると、俺の言葉を待った。別に怖い親父じゃない。でも、こんな風に正面切って真剣な話をするのは母さんが死んだ時以来だったから、俺の手のひらはヌルヌルしていた。
「いや、あの、そのさ、俺……大学に行きたいんだ。」
 親父はしばらく黙っていたが、
「何言ってんだ、お前。」
と、呆気に取られたように言った。ああ、怒られるんだろうなと覚悟しながら、俺はグラスを昇っていく小さな気泡を見つめていた。
「大学行きたいって……。お前、大学行かずにどうするつもりだったんだ。」
 今度は俺が呆気に取られた。

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