小説

『タマコ』洗い熊Q(『支那の画』)

 貴方には好きな絵画はあるだろうか?
 絵画とは問わない。イラスト、ポスターだって構わない。何か一瞬でも心を留める絵というものを。
 見つめているだけでいい。人にも勧めたいと想う。何か心の奥底から沸き立つものがあるというか。
 彼にもあった。高校生の二郎にもそのような絵が一つあるのだ。


 教室で同級生の楓珠子(かえでたまこ)が素っ頓狂な声を挙げるのだ。
「はぁ~~!? 下着を着けるな!?」
 思わず制止する様に二郎は慌てて説明した。
「いや、あの、服から下着の線を出さなくする為で……は、裸って事じゃないから……」
「ノーパンでやれってか!? ノーパンでいろってか!?」
 大声でのノーパン発言。流石に教室にいた同級生全員からの視線が集まった。
 仰け反る位の周囲から興味の眼差し。二郎は真っ赤になって思わず珠子に怒鳴り返した。
「と、とにかく! 服はこっちで用意するから頼んだよ!」
 居たたまれなくなり真っ赤な顔を俯かせ、二郎は小走りで教室を飛び出す。そして廊下に出て大きな溜息を吐くのだ。

 まったく珠子の奴は! 恥ずかしい事をあんな大声で!

 幼馴染みで昔から彼女の性格は熟知しているが、周囲の目がある中で説明をしたのが失敗だったと後悔した。
 しかし今更である。これで彼女に絵のモデルを断る事なんて出来ない。
 いや望んだんだ。いい機会に彼女に頼める口実が出来たのだから。
 だが二郎は直ぐに頭を抱えて後悔するのだ。
 もう直ぐ休み時間は終わり。
 今、飛び出して来たばかりの教室に戻る事に気付いたからだった。


 二郎が心惹かれた絵。それは「ヒヤシンス姫」――1911年製作のアルフォンス・ミュシャの作品。
 プラハの国立劇場で公演されたバレエ・パントマイムのポスターだ。
 リトグラフで描かれたこの絵の中でミュシャは主演女優の役所を見事に表現した。
 大きな椅子に悠然と腰掛ける鍛冶屋の娘。
 真っ直ぐを此方を見つめる青い瞳が印象的だが、袖下から覗かせた両腕は逞しく、職人だとはっきりと示している。白いスラヴ風の服に隠れる身体も細身ではなく、ふくよかな印象だ。

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