小説

『タマコ』洗い熊Q(『支那の画』)

 こうも恥じらいもなく言う珠子に、何時も二郎は四苦八苦だ。
「ねぇ、二郎。この服の色だとさ……」
「なに!」と二郎は若干、苛立ち気味に振り返る。
 見れば珠子は、なよなよとした仕草で体の線を撫でて愛おしげに自身を見ていた。
「太っているのが更に太って見えない? この服はさ」
「それはないよ。絶対に」と二郎はきっぱりと答える。
 これも珠子のコンプレックスだ。彼女はふくよかだが太ってはいない。二郎が常に感じるもう一つの思いだった。


 ミュシャを代表する作品模様としては、美しい女性を描いたものが有名だ。
 ポスター黄金時代、一九世紀末から二十世紀初頭は沢山の芸術性の高いポスターがあった。
 そしてアール・ヌーヴォー。「新しい芸術」という意味で広がる、自然の昆虫や植物をモチーフに有機的な直線を組み合わせた装飾。
 彼の作品は凜とした女性を中心に美しい線で描かれたモチーフで飾られ、染めるというより注がれた色が艶やかだ。
 機能性と美を兼ね備えるというムーブメントでもあったアール・ヌーヴォーはカレンダーや店のロゴ、パッケージなどもデザイン。その中で神秘的ながら温かい印象のミュシャの作品が好まれてたのは当然だろう。
 二郎もそうだ。綺麗でファンタジーなミュシャの作品に興味があって実物を見たいと思ったのが動機。
 だが実際に観覧して、どの作品よりも心惹かれたのが「ヒヤシンス姫」だった。
 美しく凜とした女性ではなく、見方によっては無骨で民族色が強い姿に惹かれたのは自身でも意外な思いだった。


「顎をもう少し引いて欲しいんだ。あと、そう、もうちょっと椅子に深く腰掛ければ……それでいいよ、た……楓ちゃん」
 二郎は珠子を大きめの籐椅子に座らした。ただ座るではなく、座面に胡座をかかせて。片足の膝を立たす。それを支点に頬杖を突かせた。
 美術室に籐椅子があった事が奇跡だった。見つけて頭にあった構図が決まった。後はモデルの説得。
 何か文句を吐きながら珠子なら最終的に引き受けると思っていたが。
 正直に出品の話をすると彼女はすんなりと引き受ける。拍子抜けした。
「ちょ、二郎……表情はどうしたらいいんのよ?」
「何時もの普通でいいよ」
「私の何時もの普通って何なのよ」
 珠子の顔はピクピクと引き攣った笑顔を見せる。
「……それで僕を笑わせているつもり?」
「笑ってくれた方がまだ救われるわ」と珠子の片眉がピクッと動いた。

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