小説

『タマコ』洗い熊Q(『支那の画』)

 強い意志と肉体を持った女性。
 背景のフレームには鍛冶屋の道具や実験器具。騎士や怪物などファンタジーでは馴染みのモチーフも。
 アール・ヌーヴォー様式のその飾りに注がれた蒼い色は、力強く生きようとする娘を称賛しているようだった。


 珠子は二郎が用意したドレスに着替える。
 綿の粗さが目立つが、それが雲の軽さを現す白いドレス。頭に赤い花飾りを着ければヒヤシンス姫そのものだ。
「よくこんな衣装を持ってたね? 買ったの?」と珠子がくるりと回り、スカートを広げながら訊いていた。
「違うよ、借りたんだ。従兄弟が演劇をしていて、その衣装をね」
 従兄弟は三歳年上。二郎が母親以外で真面に喋れる女性三人の一人だ。
「へぇ~、大した人が親戚にいるもんだね~」
「だから大事に扱ってよね、珠子。返すもんだから」
 そう言われて珠子はムッとした目で二郎を睨む。そして指立ててチッチッと横に振っているのだ。
 あーと二郎は気が付き、面倒くさそうな顔で言い直す。
「……楓ちゃん、借り物は大事にして下さい」
「はーい、楓はちゃんと気をつけま~す」

 ああ面倒くさい! 他に誰もいないんだから珠子でいいじゃないか!
 珠子は自分の名前にコンプレックスがあるらしく、人前では“楓”と呼ばないとむくれるのである。
 二郎は幼い時から“珠子”に慣れているので今更に修正しづらい。最近は二人きりでも名前で呼ぶと怒るのだ。
 それに“珠子”という名前もいいじゃないか。修正する度に二郎はそうも感じるのだ。

 珠子が胸元の生地を撫でながら何か気にし始めた。
「どうした?」
「……乳首でてないかなって」
「で、出てないよっ!」
 二郎は胸元に行きかけた視線をバッと戻し真っ赤になって否定した。
「それにやっぱスースーするわ。下、何も履いてないと落ち着かない。麗子ちゃんは履かないのも気持ちが良いよって言ってたけど、やっぱ私はダメだなぁ」と珠子はスカートの袖を少し持ち上げなら文句を言うのだ。
 二郎はあっと何か言い掛けて、更に耳まで真っ赤にしながら珠子に背を向けた。
「が、我慢して!」
 何を訊こうとしてるのだと二郎は自分を叱った。麗子ちゃんは下着を着けない事があるのかと聞きかけた。
 因みに麗子はクラスのマドンナ的存在だ。

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