小説

『ワールズエンドキャッスル』もりまりこ(『城』)

 ブースの中で電話が鳴ってる。緑色に点滅した着信ランプをみながら、鞄を斜め掛けにしたままで、インカムをつける。こっちが名乗る前に相手の男の人は「カスタマーセンターですか?」って問いかけてきた。
 ここはカスタマーセンターではない。遺品保管のレンタル倉庫会社だった。ここに掛かるのは部署内のやりとりができる内線のみの電話だった。最近は事業が停滞していて、遥がこの受話器をとることはあまりない。
 それよりも体の一部になっているような腰辺りに装備した無線から上司の声が罵倒のように聞こえることが常だった。
 たえず腰の辺りで、上司のいらついた声だけが聞こえる。
「ハケンだからって、甘えんなよ」とかなんとか。ハケンだから甘えられないんだっつうのって心の中でリアクションしながら。面倒くさいのなんのって。こういうことに傷つくことには慣れてゆく。その代わりこころの中の棘がほとんど凶器のように尖ってしまっていることも知っていた。
 そんな電話が入るのは、この間起きた大きな地震のせいかもしれない。IP電話が混線しているのか、外線がちょくちょく入るようになっていた。

 眼の前の電話が、鳴る。
 内線電話に外線が混じる。すこししゃがれた、走った後のような呼吸の男の人が「道に迷いました」って言っている。
 どちらにお掛けですか? ってその相手の人にも伝えなかったし、その電話の後で混線していますって上にも遥は報告しなかった。何かが、いつか起きてしまうことを孕んでいる仕事場で、ただ急ぐことだけが目的のアウェイな日々にうんざりしていたから、この状況をただ楽しんでいたのだ。
 道に迷った人の電話は時々紛れこんで入るようになっていた。
 大きな地震の後、今まで知っているはずの道が、まるでちがう位相をみせるようになっていたせいだろうか。地下街の週替わりで変わるアンテナショップ、地下街の直線を百メートルほど入ったところにホテルの入り口を左にみて、そのまままた直線にゆくと、地下街から地上に抜ける階段を上る。時々足元を見ると、地下街の床にはうっすらと幾重にも亀裂が入っている。階段を上ると、その入り口は半円型の灼けたオレンジの屋根がついていてそれをくぐると、地上にでた。
 それは朝の風景。でもこのオフィスを出る退社時になると。じぶんはどうやってここまでやってきたのか、順を追って頭の中の過去のイメージを手繰らないとわからなくなることがあった。
 だから、すこしどこか異次元へと迷い込んだような気持ちになる。
 例えば家が建て替わったという時とちがって、地面からねこそぎ別のものになってしまうという体験は、頭がぐるっとなってしまうような感覚にみちている。その人もそんな状態に陥っているのかもしれないと思いながら、今いらっしゃる場所からは何が見えますか? と気まぐれに尋ねてみる。「ワールズエンド・キャッスル」って看板は出てるんですよ。夕暮れ通り4丁目。眼の前が「カフェ・ミレニアム」です。ゼロがいっぱいつながった帽子のキャラの男の子が、コーヒーカップ持って立ってるあの店です。

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