小説

『ワールズエンドキャッスル』もりまりこ(『城』)

 知っていますとその人は答えた。それは間違い電話を敢えてしていることを示唆していた。
「いつから、いらっしゃらないんですか?」
「35年前です。名前は刹那といいます。沢渡刹那。あの日の夏の夕暮れはみんな花火を見たくて急いでいたんです。その時わたしはおもったかもしれません。刹那が自分から手を離してくれたら、わたしは自由になれると。今でもあの商店街へ行ってわたしは歩いてみるんです。子供の脚で49歩目辺りに来ると胸が苦しくなって、そこにわたしはガムテープを張り付けてみました」
 夕凪商店街のアスファルトに、貼られたガムテを遥は想像する。そして知らない誰かが、刹那と父親がはぐれた場所だとは知らずに踏みしめていくその地面には、あの地震で亀裂が入ったのだろうかと。
 刹那の出自のことは、遥は何も知らない。刹那は遠い昔に父親とはぐれてからずっと何かを測り続けているのだ、たぶん。
 いまみている世界がほんとうは、となりで見ている誰かと全く同じ世界だとはだれも言い切れないと、突きつけられているような、そんな声だった。

 ふとブースの壁の絵を見ていた。誰もこないような駅舎と誰かを乗せた列車が蒸気をあげながらゆっくりと、走りぬけてゆく様子が描かれていた。絵のなかの言葉を拾う。<見知らぬ答えを探してる>。
 なにかに迷いながら道を探し続けている誰かの視線がそのまま絵の中に包まれているようなそんな作品だった。
刹那と暮らして1年が経つ。あれから「ワールズエンド・キャッスル」に辿り着けたのかを遥は聞くのを忘れていたことを、今思い出していた。そして今すぐ刹那に会いたかった。

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