小説

『ワールズエンドキャッスル』もりまりこ(『城』)

 その声は知らない人の声じゃないって気づく。あの人だった。
「おれはなんでも、ガムテで処理するから。親父がずっとそうだった」
「なんでもって?」
「だからなんでも」
「たとえば、こことか。親父はよくそこに貼ってた」
 その人が胸の辺りを指さしていた時、顔がちらっとみえた。
 目じりの皺がやさしく刻まれた40過ぎぐらいの人だった。
 昔、カスタマーセンターの業務をしたことがあったから、声の聞き分けには遥は自信があった。
 あのわざと間違い電話をかけてくる人は、この人に間違いないと確信した。 
「たとえば、こことか」
 さっきの声が耳の中でリフレインしている。リフレインしていると思ったら
 その男の人の視線が、目の前の人を通り越して遥をとらえた。
 その人が微笑んだ。遥は自分の後ろを振り返る。誰もいなかった。自分の後ろの人に微笑んだのかもしれないと、錯覚したかったからだ。振り返った後、まだその人はこっちを見ていた。
 男の人は、黙ったまま受話器の形を指でつくって耳に宛がっていた。
 嘘。心臓が止まるかと思ったなんて聞き飽きた台詞をこころの中で呟いた。
 連れの女の人が「知り合い?」って聞いた後、彼はうんって頷いて「じゃ、またね。ガムテの続きの話また聞かせて」って言って去って行った。
 時が止まったように。ってあれは比喩じゃなくて芳香剤売り場の前で遥と彼は、フリーズしていた。
 彼が「やぁ」ってあの声で囁いた。
 遥が「あの、道に迷われた方ですか?」って聞くと「まいったよ。ほんとに。
道に迷わないってことには自信があったんだけどね。あの地震以来、なんていうかアングルっていうか位相っていうか、くるいっぱなしで。迷惑かけました」
 それよりも遥は、どうしてじぶんだとわかったのか知りたかった。
「あ、それはね。あなたの声を聴いて顔が浮かんだの」
「顔が?」
「そう。測量士ってなんでも測るひとだから。耳の中で声をデジタル信号に変換してね、その周波数から見えてくるの。輪郭とか頬骨の位置とか。キャリア重ねるとそうなるんだよ。こわいよね?」
 遥は嘘っぽく頷いてから「こわいけど。こういうご時世だからべつにいいです」って妙な答え方をした。
「じゃあ、またにする? あ、それとも」
って言ってから彼は沢渡刹那という名前だと教えてくれた。

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