小説

『ななつ山』はやくもよいち(『杜子春』)

小学4年生の三条陽人(はると)は、切り立った崖を見上げています。
目の前に、太古から積み重なった土の層がありました。
それは何万年、何億年という、気の遠くなるような時間の積み重ねで出来たものです。
化石マニアの陽人はもっと近くで見たくなりました。
笹やぶに手を伸ばすと、後ろから声がかかります。
「手ぶくろをしなさい。けがするでしょ」
ママがリュックを片手に追いかけて来ます。
「やだ、何? 苔? このあたり、ぬめっているじゃない」
「足もとに気をつけて。走るとあぶないよ」
「分かっているわよ。それより虫よけ、もう一回しておきなさい」
いったい、なんど同じことを言うつもりでしょう。
「ついさっき、スプレーしたよ」
「ちゃんとは、していなかったでしょう。なんどだって言うからね」
陽人は天を仰ぎました。
「ひとりで探すから、車で待っていてよ」
「ひとりじゃ、あぶないから。それにほっといたら、いつ戻ってくるか分からないでしょ。暗くなる前に帰りたいの」
「まだななつ山に来たばかりじゃないか」
化石探しを夏休みの自由課題にしようと、祖父の家で車を借りて、ななつ山へ来ているのです。
でも運転手のママは、早く帰りたくて仕方がありません。
冷房がきいた部屋でテレビを見ていたいと、事あるごとにぐちをこぼしています。
「男のロマンは、女には分からないのさ」
パパの口ぐせをつぶやくと、すぐに声がしました。
「聞こえているからね」
陽人は聞こえないふりをして、足もとを探ります。
マンゴーぐらいの大きさの石を見つけ、手に取りました。
この石を割れば中から、アンモナイトや三葉虫の化石が現れるかもしれません。
でも、それはしないという、祖父との約束でした。
「ななつ山じゃあ、しちゃあならねえことが2つある。勝手に木を伐ること、石や岩を割ること。守らねえと山神様がお怒りになる」
昔から守られてきた、山のおきてでした。
それでも念入りに探せば、表面に化石が出ている地層ぐらいあるはずです。
自然に割れている石だって、もしかするとあるかもしれません。

1 2 3 4 5