小説

『ななつ山』はやくもよいち(『杜子春』)

化石を発見するチャンスは十分にあります。
「この中に化石があるの? 石を割ればいいんでしょ」
ママが肩越しに手を伸ばしてきて、ぱっと石を取り上げました。
気がつけば左手に、鉄のハンマーを握りしめています。
「待って、なんでそんなもの持ってきたのさ」
「ちゃちゃっとお宝、ゲットしましょう。そしておじいちゃん家に、帰りましょう」
陽人は山のおきてと、男どうしの約束について説明しました。
「地層のむき出しになっているところで化石を見つけて、写メを撮ればいいんだよ」
「おじいちゃんとの約束を守るのは、当然ね」
そう答えたものの、今日のママはいつになくせっかちでした。
「おじいちゃんと約束したのは陽人だからね。わたしは関係ありませーん」
あっと声を上げるひまもなく、ママは右手の石めがけてハンマーをふり下ろしました。
ゴオン。
お寺の鐘に似た音が、叩かれた石を中心に広がります。
陽人は驚いてとび上がりました。
尻もちをつく、ママの姿が見えます。
あたりの山々に響いた音が、しばらくして戻ってきました。
ゴオン、ゴオン、ゴオン……。
6回、やまびこが聞こえました。
「ななつ山で音を7つ響かせるのは、誰だあ」
野太い声とともに、大地が、木々が、いっせいに叫びます。
「誰だあ」
黒いうずまきに取り囲まれて、ふいになにも見えなくなりました。

陽人はななつ山の、人がけっして足をふみ入れることがない場所に立っていました。
学校の教室くらいの広さがある、樹木と岩に取り囲まれた円形の広場で、一面に緑の苔が広がっています。
じゅうたんのような苔の上に、首をうなだれたママがぺたりとすわっていました。
何も言わず、身うごきひとつしません。
ママの向こう、向かって右にはダンプカーほどの岩があり、いかつい男があぐらをかいて座っています。
向かって左には天をつく木がそびえ、若い女が枝に腰かけておりました。
「ヤマヒコ。石を叩いたからといって、割ってはいません。なぜさらって来たのです」
女の問いに、男が答えます。
「コダマよ。ななつ山に音が7つ響いた。山の宝に人間が手を出そうとした証だ」
陽人とママは岩の神ヤマヒコの丸太のような腕に抱えられ、ここへ連れて来られました。
「山のおきてを破った罪だ、このまま帰すわけにはいかない」
低い声がおなかに響きます。

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