『魂の実る大樹』洗い熊Q(『煙草と悪魔』)
ツイート 薄曇りの夕方の帰り道だった。 落陽の色が雲から薄らいで道はやや闇掛かりを得てか、色彩が抜けてのファンシーな映り込みだ。 見回りの小学校の先生の見送りを過ぎてから、啓太の友人の一人が自身のスマホを見せびらか […]
『ふりゆくものは』新発田瞳(『雪女』)
ツイート 越後の国(現在の新潟県)には親(おや)不知(しらず)子(こ)不知(しらず)と呼ばれる断崖がある。 山の斜面が日本海の荒波のために直角にえぐられて、そのまま崖になったと言われている交通の難所で、旅人は僅かに残 […]
『新宿夕景』緋川小夏(『かぐや姫』)
ツイート この地を訪れるのは、かれこれ十五年ぶりになる。かつて映像関係のバイトをしていた頃の友人が新宿で個展を開くというので、それを観にきたのだ。 届いた案内状の住所には見覚えがあった。埃っぽい都会の片隅に咲いた、白 […]
『ある魔女の話』まる(『ヘンゼルとグレーテル』)
ツイート “願いを叶える”それが私の仕事だ。こう言えば聞こえはいいが実際は誇れることはあまりしていない。この世界では昔から娯楽として楽しまれてきたものがある。それは人間の願いを叶えて、その後どの様な運命を辿るか観る、とい […]
『かぐや中年2.0』なにえ(『かぐや姫』)
ツイート とにかく俺は、こんなくだらないゲームから一刻も早く降りたいっていうわけなんだ。ゲーム? どこにある? なんて言わないでくれよな。これが腐ったゲームで茶番でないんだったら、いったい何が、と言いたいわけだよ。そう、 […]
『若者はみな楽しそう』くろいわゆうり(『さるかに合戦』)
ツイート (1) 10号館を出るとすぐ、「五限目の講義は欠席するわ」と萩野が言い出した。 「新歓の準備があるんだよ。今回は俺が幹事だし」 「なんだよ、準備って。・・・さては、媚薬でも作る気だろ」 と、俺が突っ込む […]
『わらべうた』きぐちゆう(童謡『かごめかごめ』童謡『ずいずいずっころばし』)
ツイート 気付いたら、部屋の隅に一輪の花が活けてあった。 (お母さんだろうな) ぼんやりと考える。お母さん。お母さん。お母さん。 何を言いたいんだろう。 「あなたも、この小さな花のように精一杯生きなさい」かな。 […]
『異国の夢』松谷尚紀(『高野聖』)
ツイート 私のように経験の乏しい人間では、この音楽に似合うような小説は書けないな。小野リサのアルバム「Dream」に似合うような小説は。このアルバムは、あまりに軽やかで上品で繊細で甘く優しい。それは、器量のある男女の爽 […]
『アリとキリギリス』朝霞(『アリとキリギリス』)
ツイート 今日こそは文句を言ってやらなくちゃ。 「アリ」の暮らす家の近所に「キリギリス」がやって来たのは、つい先日のことです。以来、働く様子もなく、数日置きに夜じゅう歌い通します。「キリギリス」はそういうものと女王様に […]
『女子アナとメンへラ』ロザリンド理沙(『ジキルとハイド』)
ツイート 3.2.1. 「それでは明日の元気のミナモトもお楽しみに~。」 最後のカットを取り終え、スタジオには「おつかれさまでした」の声が飛び交う。今日も清楚なワンピースに淡い色のカーディガンを重ねてきている私は、地 […]
『紅蓮の華』香久山ゆみ(『地獄変』)
ツイート 向こう岸、彼岸の花が咲きほこる。その中に一人の女が立つ。おれは此岸からそれを眺める。「おーい、おうーい」呼掛けても、女には届かぬ。――と、瞬く間に緋色の花が炎に変わる。燃え盛る炎の中、身じろぎもせずに立つ女。 […]
『アプリ越しの愛』星野梨音(『痴人の愛』)
ツイート 考えてみると、私と鈴木くんの関係は既にその成り立ちから違っていました。私が初めて鈴木くんに出会ったのは、大学一年生になったばかりの春でした。何月の何日ということまでは覚えていませんが、とにかくその時分、彼は広 […]
『プラットホーム』サクラギコウ(『羅生門』)
ツイート 人を殺してしまった。 連日深夜の帰宅が続いていた。働き方改革なんて中小企業には関係ない。こんな労働状態だから未希も俺から去っていった。無理もない。いや、そうではない。彼女には新しい彼氏ができたのだ。それが原 […]
『あの日の情景』太田純平(『黄金風景』)
ツイート 大晦日。久しぶりに実家に帰ると、近所に大型スーパーが出来ていた。 母親が「なんか好きなもん買ってきたら?」と言って五千円を渡すので、私は見物がてらそのスーパーに足を運んだ。 中に入ってまず目に飛び込んで来 […]
『ロミオとロミオ』鷹村仁(『ロミオとジュリエット』)
ツイート 生まれついてのものはどうしたって抗えない。近頃の世間は同性愛に理解を示すようになったが、それはやはり少しだ。テレビドラマや雑誌の世界であれば理解し容認できる。しかしいざ現実に自分の周りに同性愛者がいると分かる […]
『桃のアフターケア』島田悠子(『桃太郎』)
ツイート 鬼ヶ島での桃太郎は、それはそれは勇猛果敢でかっこよかった。ばっさばっさと筋肉質で屈強な鬼たちを斬り倒して、まるで空中を舞っているようだった。やつらが村々から奪い去ったお宝の数々を取り返し、みなに感謝されて時の […]
『カラカラ・ネーブルオレンジ』室市雅則(『檸檬』)
ツイート 京都府京都市上京区千本東入ル下立売通。水車がトレードマークの山中油店すぐ近く。 ここに私が住むマンションがある。 馴染みのない方は、この住所の判読は難しいだろうし、地理的なものも想像しがたいだろう。 特 […]
『エンドレスなメロス』もりまりこ(『走れメロス』)
ツイート ディオニスは怒ってた。めっちゃ怒ってた。 誰かの夢のなかにそっと入り込んで、みんなもっと違う夢をみているって思ったのに、それはまったく俺の見ていたものが、指をすこし延ばせば届いてしまうような近さにある。 […]
『パーマネント・パッパラパー』泉鈍(『飛行機から墜ちるまで』吉行エイスケ『オイディプース』)
ツイート もうずっと父親のことが頭から離れなかった。せめてもと、それを糧に何かを作ろうとしてみたけれどなんにもできやしない。かろうじて手に入れられるものといえば、適当な会話。適当な恋。適当な愛。キス、キス、キス、キス。 […]
『きつね』森な子(『民話:妖狐』)
ツイート 歩(あゆむ)とヨーコが出会ったのは森の中の小さな祠の前だった。泥だらけの真っ赤なランドセルを抱えてしくしく泣いている歩を見つけた時、ヨーコはびっくりしてギャッと悲鳴を上げた。今度は歩がヨーコの声にびっくりして […]
『拝啓赤ずきんさん』熊田健大朗(『赤ずきんちゃん』)
ツイート ばあちゃんが死んだ。 いつもと何ら変わらないこの家。唯一違う所はどこにもばあちゃんがいないこと。仏壇にばあちゃんとじいちゃんの写真が寄り添っている。僕はじいちゃんに会ったことはないけどきっと鴛鴦夫婦だったと […]
『ダニー・ボーイ』森な子(『ダニー・ボーイ』)
ツイート ダンへ 最愛のお母さまにはもう会えたでしょうか。 あなたへ酷いことを言ってしまったことを、心からお詫び申し上げます。 どうか美しい故郷で幸せに暮らしてください。 きっと私たちはもう二度と会うこ […]
『再び』川合玉川(『浦島太郎』)
ツイート 「すごいなあ、宮浦(みやうら)ちゃん。俺なんかてんで駄目だよなあ……」 亀(かめ)松(まつ)は、横目で宮浦の反応を窺(うかが)うように盗み見た。宮浦は亀松の視線に気づかぬふりでお茶を飲み干した。 「そんなこと […]
『白雪』南りり(『白雪姫』)
ツイート むかしむかし、王様が住む町からはとっても遠い、さむく冷たい森の奥で、七人の小人たちが暮らしていました。 みんな起きている間に、散り散りになるのに必死。入れ物に自分を詰めてなくなるのに必死。眠っている間は無駄 […]
『六徳三猫士・結成ノ巻』ヰ尺青十(『東の方へ行く者、蕪を娶ぎて子を生む語:今昔物語集巻廿六第二話』『桃太郎』)
ツイート 【昔々】 ・・・なので、その子は桃太郎と名づけられましたとさ。 「おおっと、そりゃあ、てーへんだ」 「なんだ、なんだ、どしたい、熊さん」 「おお、八っつぁん。ちょいと訊くがな、お前さん、何から産まれなすった」 […]
『幽刻』乃木宮稜(『変身』)
ツイート ある冬の夜のことだった。緩やかなカーブを描く峠の道路は、救急車の喧しいサイレンをバックにそこそこの野次馬と救命隊員が集まっている。崖の下からは細い黒煙がたなびいており、ここで何があったのかを理解するには充分す […]
『You still life』サクラギコウ(古典落語『短命』)
ツイート 年をとるのは嫌だ。容姿は衰え体力は低下する。なにより怖いのは死に向かって一歩一歩近づくことだ。誰も逆らうことはできない。 時間は一直線に進んでけっして元には戻らない。人間や世の中のものすべてが時間と共に老い […]
『Tonight, Tonight』平大典(『カチカチ山』)
ツイート 薄明りの中、朝霧さんの白い背中が麻布のソファーの上に浮かび上がっていた。背骨沿いにあるいくつかの黒子が、呼吸に合わせて、太陽の表面を漂う黒点のように揺らめく。 部屋の隅にあるステレオからは毎日聴いているフラ […]
『三枚のかさぶた』鈴木りん(『三匹の子ブタ』)
ツイート 朝の六時、少し前のことだった。 紅に染まる窓ガラス越しの朝焼けを、目を細めながら眩し気に見遣るひとりの男がいた。朝五時までの勤務を終えたその若い男は、人気の疎らな電車の中、気怠い体にのしかかるすべての重みを […]
『夢みてえな一錠があんだけどよ』田中慧(『スピードのでる薬、怪盗紳士ルパン』)
ツイート きっと俺は夢を見ていたんだ。それも、とびきりに悪い夢だ。そうとでも思わねえと説明がつかねえし、その前に頭がどうにかなっちまいそうだ。 たった今の今まで、俺の身に起こっていたことを説明するぜ。 一度しか言わ […]