小説

『わらべうた』きぐちゆう(童謡『かごめかごめ』童謡『ずいずいずっころばし』)

 気付いたら、部屋の隅に一輪の花が活けてあった。
 (お母さんだろうな)
 ぼんやりと考える。お母さん。お母さん。お母さん。

 何を言いたいんだろう。
 「あなたも、この小さな花のように精一杯生きなさい」かな。
 お母さんの言うことはいつもずれている。優しく理解のある母親と見せかけて過保護で過干渉なお母さん。自分では何も決められない私。自分からは行動できない私。

 階段を上って来る気配がして、何かをドアの前に置くとまた降りて行った。ドアを開けるとお盆の上におにぎりとお味噌汁が置いてあった。ずるずると部屋に引き込んで食べる。

 カーテンを閉じた部屋とトイレとお風呂、それだけが私の世界。短大まで実家という鳥籠の中で大事に育てられた私は、就職でいきなり外の世界に放り出されて、会社でパワハラとセクハラを受けて引きこもりになった。お母さんは宥め賺して私をまた外の世界に押し出そうとした。お父さんは怒鳴り散らしてお母さんを責めた。お前が甘やかすからこうなったんだ。だけどお父さん、貴方が仕事と浮気で忙しくてお母さんを構わないから、お母さんの愛情は一身に私に向かったの。二階にある私の部屋にお父さんが来たのは一度きり。ドアを叩いて怒鳴って、それっきり。

 花はすぐに枯れてしまった。壺の中の水は腐った後に干からびた。

 お母さんは、本当に私を外に出したいのかしら?
 ずっと二階の鳥籠で飼いたいんじゃないかしら。
 どうして毎日食事を届けるの。私が真夜中にコンビニに行けるように、どうしてお小遣いをドアの外に置くの。かぁ、ご、め、か、ご、め。かーごのなーかのとぉりぃは。さんじゅうごさいのかごのとり。きっと学生時代私より成績も素行も悪かったような子が、素敵な彼氏を捕まえてOL生活を満喫して幸せな一般家庭を築いて今頃子どもの一人や二人と下らないママ友と浮気相手が居るんだわ。かごめは籠女。こないだコンビニでドアの向こうのおばさんに順番を譲ろうとしたら、ガラスに映った自分だった。

 何日目かしら。今日も胡麻のおにぎりとお味噌汁。
 夜明けの晩は、いつ来るの。

 出たいとは思っているの。お天気がいい日に精一杯おしゃれをして何気ないふりで外へ出れば、元の世界に戻れるんじゃないかしら。でも服が入らないから仕方ないわ。通販しようにもスマートフォンを先月取り上げられてしまった。こんなものより直接外界と繋がりなさいって。でも私、その小窓で繋がってたつもりよ。外の世界へ。いーつ、いーつ、出ぇやぁるぅ。

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