小説

『若者はみな楽しそう』くろいわゆうり(『さるかに合戦』)

(1)

 10号館を出るとすぐ、「五限目の講義は欠席するわ」と萩野が言い出した。
 「新歓の準備があるんだよ。今回は俺が幹事だし」
 「なんだよ、準備って。・・・さては、媚薬でも作る気だろ」
 と、俺が突っ込むと、萩野は呆れ顔でバス停の方へと歩き出した。

 萩野の姿が夕闇の中へ消えていくのを見届けた後、俺は昼にストックが切れたタバコを買おうと思い立った。次の講義まで残り7、8分。最初は急ぎ足でバス停近くのコンビニに向かっていたが、俺と文系センター棟の物理的距離が遠くなるにつれ、講義に行く気がだんだんと失せていった。
 バス停前に着く頃には、「自主休校」を決めた。

 大学の目の前という立地故、このコンビニは煙草購入時に、老いも若きも皆、身分証の提示が義務付けられている。どこ入れたっけ、学生証。店前で俺がジーパンのポケットをまさぐっていると、
 「すいません」
 と背後から柔らかな声が聞こえた。
 振り返ると、見知らぬ女がいた。
 スカートが極端に短い。そして、服装全体のフワフワ感や、アイラインの濃さからして新入生だろう。しかし、それとは相反するアダルトな艶っぽさも、その身体から発散させていた。
 「え、何?」
 俺はうろたえる。こんな魅惑的な女が、俺なんかに一体何の用件があるのだろうか。
 「今から買いますよね?」
 俺が手にしている学生証に女は視線をやる。
 「私、買えないんで」
 勘の良い俺は、事の次第をすぐに理解した。
 「ああ、代行か。お安いご用だ」
 「ありがとうございま~す。じゃあ、お金、渡しますね」
 女はボッテカヴィネタの長財布を開いた。
 「あっ」
 すると、短い声を上げた。
 「え、何?」
 「すいません。千円しかないです」
 「え、充分じゃない?」
 「いや、私10カートン欲しいんです。・・・そうだ。ここって、ATMありますよね」
 女がコンビニの中を覗き込む。その尻を突き出したポーズが、とにかくエロい。
 「分かった。俺が買ってる間におろしな」
 若干、気障に言う。
 「ありがとうございま~す」
 笑うと幼さの残る輪郭が、店内から溢れる光で浮かび上がった。
 「銘柄は?」
 「ラッキーストライク、です」
 「渋いの吸うんだね」
 「え?」
 「いや、それってオジサンが吸ってるイメージがあるから」
 一瞬、キョトンとした顔になった女が、突然、俺の手をギュッと握ってきた。
 「凄く、凄く物知りなんですね!」
 「まあ」
 それは知識の問題ではないような気がしたが、可愛い子に褒められて悪い気はしない。むしろ、その柔肌に触れられて良い気分だ。

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