小説

『若者はみな楽しそう』くろいわゆうり(『さるかに合戦』)

 突然、偽ジャイアンが高笑いをはじめた。左上の金歯が嫌味な目映さで主張する。それから俺は、そのテーブルに視線を移した。そこには何かが、ピラミッド状に高く積み上がっていた。
 と、俺の視線に気づいたのか、取り巻きの一人がこちらを睨みつけてきた。その瞬間、俺はハッとしてグッと身を屈めた。そのまま匍匐前進で柱の陰に移動した。そして買ったばかりの菓子パンを囓りながら、再び奴らの動向を伺う。
 おおよそ検討はついていたが、そのピラミッドを成していたのは、煙草の箱だ。
 テーブル横の床にはカートンの空箱が散らばっている。その銘柄は多様で、セブンスター、ラーク、マルボロ、ピース、チェ、ピアニッシモ、若葉、メビウス、ホープ、ウィンストン・・・。そしてテーブルの隅に一つだけぽつんと置かれているのが、まだ小分けにされていないラッキーストライクの箱だ。俺のだろうか。俺のかもしれない。いや、俺のに決まっている。
 それから、偽ジャイアンが小型のハンマーのようなもので、ピラミッドの底を叩いた。無残に山は崩れて、煙草がテーブルに散乱した。
 一斉に連中は笑い出した。周囲の学生達はしかめっ面になるが、彼らの方を誰も見ない。怯える、愚かな子羊達だ。偽ジャイアンはいまだ笑いながら、ハンマーの側面を擦った。すると、先端部から火が噴き出した。どうやら、ハンマーを模したライターのようだ。・・・いや、それは吸い口がカーブを描く形状をした、「ベントタイプ」のパイプだ。
 つまり偽ジャイアンは、パイプを模したライターで煙草に火を点けたわけだ(なんと、紛らわしい!)。

 当然館内は禁煙だが、そんなことはお構いなし。それを注意する者はいない。彼らの方を誰も見ない。怯える、愚かな子羊達だ。
 空調の影響だろう、燻らせた紫煙が偽ジャイアンの顔に纏わりつくように渦を巻く。奴はそれに堪えきれず咳き込んだ。その無様な姿を見て、俺は思わず吹き出した。なんとか口を押さえたが、少し音が漏れてしまった。
 「おい、誰だ。今笑った奴は!殺すぞ!」
 取り巻きの一人が立ち上がり、周囲を見渡す。俺は慌てて柱の陰に身を潜めた。しかしその際、半分残っている菓子パンを床に落下させてしまった。今日は本当に最低な日だ。 それにしても、連中は無軌道な若者かもしれないが、まったくロックとはいえない。くだらない、大学の面汚しだ。そして俺には、煙草や菓子パンの恨みがある。

 何か行動を起こして、連中に一泡吹かせたい。

 しかし、迂闊に手を出せない。公衆の面前で袋叩きだ。「顔は止めな、ボディだ、ボディ」などと加減をしてはくれないだろう。俺の花顔が台無しだ。 
 しばらくして、俺は妙案を思いついた。たとえ非道な仕打ちだとしても、奴らの蛮行を鑑みれば神も赦してくれるはずだ。俺は復讐の鬼となる。ただ、角が生えていないので本物の鬼と見間違うものはいないだろう。
 まずは購買のオバチャンからポーションタイプのガムシロップを二個もらった。その蓋を開けて左手の、人差し指と中指、中指と薬指にそれぞれ挟み込む。
 怪しまれるのでチャンスは一度しかない。俺は緊張から震えてしまい、手に中身が若干零れてしまった。心が折れそうになるが、自身を奮い立たせる。俺は角のない鬼だ。

 出入り口扉に続く通路に平行する形で、ソファが置かれている。その真後ろまで歩を進めると、背もたれから飛び出た偽ジャイアンの後頭部にシロップをぶちまけた。ベタベタの液体は、見事にその癖っ毛と絡んだ。

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