小説

『女子アナとメンへラ』ロザリンド理沙(『ジキルとハイド』)

 3.2.1.
「それでは明日の元気のミナモトもお楽しみに~。」
 最後のカットを取り終え、スタジオには「おつかれさまでした」の声が飛び交う。今日も清楚なワンピースに淡い色のカーディガンを重ねてきている私は、地方テレビ局のアナウンサーだ。全国規模になると、深刻な社会問題や暗い事件などを読み上げるものなのだろうが、私が普段読んでいるのは平和な町のニュースばかりだ。「元気のミナモト」という番組で、県内のどこかの小学校が田植えをしたとか、台風で信号機が曲がってしまったとか、そんなことを伝えている。その途中で、県内で「元気に頑張る」ゲストを呼んだりもする。今日来ていたのは、トライアスロン一筋で生きているたくましい選手だった。しかし、話すのがあまり得意でないようで、リハーサルではできていた掛け合いが生放送ではスムーズにいかなかった。
「若草、ゲストが言葉に詰まったら、もっと積極的に声をかけなきゃ。テレビってのは、問題が発生せずに流れ続けてやっと普通なんだから。」
「申し訳ありません。次回から気を付けます。」
「君の言う次回は、来年のことか?それとも10年先か?新卒だからって甘えは許されないよ。」
「はい。」
「これだから若いやつはなあ。」
「入社試験に受かったからって、調子に乗られて勉強をさぼられちゃ困るんだよ。」
 生放送のカメラが回っている最中は黙って音を立てないようにしている人たちも、放送が終わると同時にけたたましく話し始める。反省して、「次回」に生かすためだ。
「受け答えが不自然にならないように、事前にきちんと準備をお願いします。」
 反省会の締めくくりは、私のゲストへの対応への注意で終わった。
「おまえに、もっと成長して欲しいんだ。」
 そう話す宮田ディレクターの表情は、ダンディで、口の開き方なんかがセクシーだった。といっても、私に対しては仕事の話以外したことがない唇だが。

 宮田ディレクターは、殊更新入社員にたいして厳しい。その厳しさには、同期や先輩の間でも定評がある。皆彼と取材チームを組まれたときには、少なからずプレッシャーを感じている雰囲気がする。

 職場から車でホテルに向かう途中、私は圭太に電話をかけた。ちらっと腕時計を見ると、すでに23時を超えていた。おそらく圭太の仕事も終わっているだろう。圭太とは、一年前まで付き合っていた。しかし市役所に就職した彼は、価値観のちがいとやらで私に別れをつげ、職場で新しい彼女を作った。相手がどんな子かは知らない。私たちは、別れてから会ってはいないが、毎日のように電話をしている。別れた恋人の中で、圭太だけが私と連絡を取り続けることを嫌がらなかった。
 1コールで、圭太が電話に出た。

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