小説

『女子アナとメンへラ』ロザリンド理沙(『ジキルとハイド』)

「圭太、今日もおつかれさま。」
「胡桃もおつかれ。」
「ねえ圭太、今忙しい?」
「ううん、今日は大丈夫だよ。」
「私の好きなところ10個言ってほしい。」
「えっとな。」
 圭太は、学生時代から私に何十回、何百回とこの質問をされている。もうお手の物という感じだ。
「髪の毛がサラサラで、顔がちっちゃくて、睫毛がくりんとしてて、鼻筋が通ってて、唇がぷっくりしてて、手が綺麗で、、、」
「もういい、じゃあ今からへこんでる私を慰めてほしい。」
「胡桃はすごいよ。だって、こんな田舎出身でアナウンサー試験に受かったんだよ?もっと自信もって大丈夫だよ。」
「ありがとう。」
「ほら、ありがとうの言い方だって、もうちゃんと標準語になってる。」
「元気出して。胡桃にみんな期待してるから、アドバイスしてくれるんだよ。」
「私さあ、アナウンサーって美人で頭もいいから、もっとちやほやされるもんだと思ってた。」
 そう言うと、圭太は笑った。
「まって、彼女帰ってきたわ。もう切るね。心配しないで。俺がちゃんと胡桃のいいところ分かってるから。」
私はバイバイと言わずに電話を切り、音楽をかけ始めた。私は、自分で言うのもなんだが、そこそこの美人だ。望めば、欲しい言葉は手に入る。でも、誰も私の元へは帰ってきてくれない。私を叱った宮田ディレクターは、家族の元へ帰り、先輩の林キャスターは妻の元へ帰り、圭太は彼女の元へ帰る。私だけが、ひとりぼっちみたいだ。
 学生時代から、男には困らなかった。メッセージの通知欄は常に男からのお誘い文句で埋まっていたし、どこに言ってもナンパされた。でも、皆いつの間にか本命の彼女ができて私のことを綺麗さっぱり忘れていく。どんなに激しいプレイに応えてあげたとしてもそうなるのだ。皆、私を縄で縛ったり、セーラー服を着せたり、ボディラインが綺麗に出る黒いワンピースを着せたりするが、一通り楽しむと結局私を置いて行った。その名残として、私の車のトランクには手錠やら縄やら、訝し気なものがごちゃごちゃに入っている。
 バックミラーに映った美しい顔を見ながら、私は小さなため息をついた。しかし、男に刻まれた傷は、男にしか癒やせない。私は、20分ほど運転した先にある県外の駅に車を走らせた。県外に出たからといって、私を知っている人がいるかもしれない。地方のアナウンサーといっても、メディアの顔である以上良からぬ噂が立ってはいけない。それでも、寂しくてたまらない。県外の駅でナンパを待とう。私は、車を駐車させると、大学生時代に着ていたミニ丈のワンピースをトランクから出し、後部座席でそれに着替えた。何度か肘や頭を車にぶつけて痛い思いをした。

「こおんばんは。あなた今おひとり?俺と望む、あそびを?」

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