小説

『女子アナとメンへラ』ロザリンド理沙(『ジキルとハイド』)

「圭太、私って、可愛いよね?」私は、何かに縋りたくていつものように圭太に電話をかける。
「うん、そう思うよ。」
「可愛いって、正義なんじゃないの?」
「そうだね。」
「色々あって。」
「また叱られた?」
「まあ、そんなところ。女である前に、社会人であれ、みたいな風潮が少し息苦しくなって。」
「そっか。」
「大丈夫?」
「なんとか。またね。」
 私が自分のことを一方的に圭太に訴えていることには我ながら気がついている。人とのコミュニケーションに、まずは相手の話を聞くとか、自分のことを話しすぎないとか、なんとなくルールがあるのは分かる。でも、そんなことをきちんとやったところで誰も私を愛してはくれない。疲れちゃった私はいったいどこに行けばいい。

 
パチン。

 私はハンドルから手を離し、指を鳴らした。もちろん、そうだ。私ではない私になればいい。
 私は、ダッシュボードから銀の粒を取り出すと、一つ口に入れた。まだ、誰とも目を合わせていないため変化は訪れない。私は職場の最寄り駅に向かった。スマホで時間を確認すると21時きっかりだった。

 駐車場の死角に車を停めた。ミニ丈の黒いワンピースを段ボールから出し、車の後ろの席で着替える。もう、アナウンサーらしさはどこにもない。バックからは明日使う資料を全て出してしまって、縄や手錠を代わりに詰め込んだ。

 車の窓から外を伺っていると、間もなくお目当ての人物が登場した。車を降りた私は、真正面から彼に近づいていく。
「すみません、もしかして宮田さん?」
 いつも威厳を保っている宮田ディレクターの表情が、一瞬不可解に歪み、はっとした顔になった。
「い、今泉...?なんでこんなところに。」
「職場がこの近くなんですよ。お久しぶりです。」
 私は、ディレクターの表情を伺いながら話した。
「そんな畏まらなくて大丈夫だよ。…今から帰りか?」
「いえ、もう遅いしスーパーでお惣菜でも買って帰ろうかなあと。一人暮らしなんで。」
「そうか...そうか。ああ。」
「今から帰りですか?」私は聞いた。これほど歯切れの悪い話し方をする宮田ディレクターを、私は初めて見た。私は一体、宮田ディレクターにとっての誰になっているのだろう。昔の恋人、初恋の人、それとも愛人?関係性が分からないために、話し方が難しい。
「まああ、そうだな。」

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