むかしむかし、王様が住む町からはとっても遠い、さむく冷たい森の奥で、七人の小人たちが暮らしていました。
みんな起きている間に、散り散りになるのに必死。入れ物に自分を詰めてなくなるのに必死。眠っている間は無駄だって思っているみたい。だって眠っちゃったら、お布団に飲み込まれちゃうだけだもんね。私は空気としか溶け合わないって決めてる。身の回りは危険がいっぱい。鼻水は、ティッシュに入りこもうとして必死。ティッシュと結婚したいのかな。ティッシュの方も、早く部屋を出て次のところに行きたいんだ。でも私知ってるの。あの人たち、どうせ違う入れ物に行くんだよ。私は、しっかりちゃんと、その瞬間をこの目で見てる。私だって、気を抜いたら、歌を歌ったり、ダンスをしたりしてる間に小人たちに入り込まれちゃう。なんでそんなにみんな、目をぎらつかせてるんだろう。なんだか、こわいよ。
私は特別だから、森の中にいるの。どこの森かはわからない。多分ヘルシンキか北海道かな。名前は白雪。自称白雪。今は白雪。何分、私がきれいだからって、大昔に、追い出されたの。もちろん、無言で。私がもっていたのは中途半端な美貌。若さに負けるうつくしさ。我慢できなかった。旦那は国政に恋してて、私は結局注目を得たがる痛いおばさん。そんなのってある?私はお城を飛び出した。でも私、この森の中じゃ無害みたいでさ。小人たちには私のこと見えているのかな。私には見えているよ。鏡が手元になくっても。
「今日はいつ頃帰るの?」
と私は今日も呼びかける。もちろん空中に向かって。私の体が、少し大きくなる。真っ暗だった部屋が少し明るくなる。私は、私の声が少しずつ私の生命管を辿って小人さんたちの耳に届くのを待つ。
「今日は真夜中まで仕事だな。」
「えらいね。」と私は言う。
「外は寒いだろうなあ。」
ぞろぞろ。ぞろぞろ。七人の不規則な足音が遠ざかっていく。バタン、とドアが閉まる。冷たい風が入り込む。まだまだだ。まだ、この程度の風なら私は必要ない。今日はなんだか世界がくすんで見える。さあ、準備をしなきゃ。自分を守るための準備をしなきゃ。
ざくざく、ざくざく。きっと今頃、小人さんたちは森の中を歩いてる。きっと今頃、小人さんたちは落ちてる葉っぱを踏み鳴らしている。そんなことをしても無くなれないのに。早く私のところに来たらいいのに。
空気が私に侵入する。しつこいくらいねっとりと。こんなことなら、あの旦那にもっとねっとり嫌味を言ってくるべきだった。もう私は、王子様を待つことしかできない。あたりは真っ暗だし、ここは夢の中なんじゃないかって思っちゃう。でもたぶん違う。ティッシュは相変わらず小人に鼻をかまれるのを待っているし、小人たちは歌を歌わない。
めらめら。めらめら。どんどん空気がなくなっていく。だめだ、だめだ。まだ尽きてはいけない。
「ただいま~。」ドアが開いて、七人の声がする。この人たちは、かつての私の愛人たち。私は、消え入りそうになりながら彼らを見つめる。私から声はかけられない。
1/3