「すごいなあ、宮浦(みやうら)ちゃん。俺なんかてんで駄目だよなあ……」
亀(かめ)松(まつ)は、横目で宮浦の反応を窺(うかが)うように盗み見た。宮浦は亀松の視線に気づかぬふりでお茶を飲み干した。
「そんなことないよ」と否定してほしくて、自分の情けなさを晒してみせる。見え透いた亀松のやり方が鬱陶しい。
「情けねぇなあ」
亀松は深々と溜息をついた。
他人から批判されれば傷つくが、自分で自分を“駄目な奴”と認めればもう他人からは批判されない。自分で自分を傷つけるから、傷の深さも自分で選べる。宮浦にとって亀松の反省は形だけに見えた。
宮浦が作り出した沈黙を埋めるように亀松は昨日のお笑い番組の話題を持ち出した。そうやってすぐに逃げようとするところがまた……。宮浦は苛立(いらだ)ち、亀松の言葉を聞き流す。亀松をいじめる子安の気持ちが宮浦には理解できる気がした。
宮浦は町の名物である白浜の海岸には興味がなかった。海は見えなくても、県道と堤防の間の空き地が好きだった。空き地には、捨てられた工作機械、黒々として巨大な芋虫を思わせる蛇腹のパイプ、タイヤが持ち去られた車、倒壊したバラックなどが忘れられたように佇(たたず)んでいた。
そんな役立たずの物でも日没には、一日の最後の光を反射し、神々しい輝きを放つことがある。一度、命を失ったものがほんの短い時間、命を取り戻す。その束の間の美しさに宮浦は不思議な喜びを覚えた。
堤防の先、階段をおりれば白砂の海岸が広がる。ぐるりと孤を描いた海が浜に食い込んでいる。
靴の中に砂が入り込んでくる。
「ボクシング続けたら? 俺と違ってケガってわけでもないし」
宮浦の問い掛けに亀松は弱々しく首を振った。
亀松は宮浦と同じ高校のボクシング部だった。二人とも幽霊部員になり退部という不名誉な道を辿(たど)っている。もっとも、中学時代からボクシングを始め、高校では全国選抜に出場し4強まで勝ち抜いた宮浦と、体を鍛えたいからと入部して一か月で音を上げた亀松とではまったく実力は違っていたが。
「誰だっけ、あれ。3年なのに引退しないで……弱いんだけど練習の鬼みたいな先輩いたじゃん」
亀松が口にした先輩のジャガイモみたいな丸顔がすぐに浮かんだ。だが名前が出てこない。
「ああ、そんな奴いたよな」
“ジャガイモ先輩”というあだ名だった。強いわけでもなく、泥臭いボクシングをやる根性の塊。不格好に相手にしがみつき、相手はパンチを打ち疲れて根負けしてしまう。試合の次の日はジャガイモみたいな顔を一層腫(は)らせて登校してきたっけ。
同級生が受験に備えて引退しても、ジャガイモ先輩だけは相変わらず一番遅くまで練習していた。変わり者で部では浮いていた。宮浦と亀松が一年のとき三年だから、もう現在は卒業している。まだボクシング続けているのかな。