小説

『再び』川合玉川(『浦島太郎』)

 なんで俺なんだよ、と軽い煩(わずら)わしさを感じる。
 亀松は口の端から涎(よだれ)をたらし、血走った目で天井を見上げている。子安の仲間たちは「お・と・せ! お・と・せ!」と手拍子を打ち、囃(はや)し立てる。子安は亀松の喉から手を離すと、反動で亀松の顔は床に打ちつけられた。子安は亀松の背中を踏みつけたまま立ち上がり、勝ち誇ったように両手を高々と挙げた。宮浦は冷えた眼差しでその様子を見つめていた。
 肩で荒い息をしながらよろよろと立ち上がった亀松は、きまり悪そうにヘラヘラと笑っている。

 宮浦は亀松に近づき胸の前で軽く手を合わせる。
「亀松、わりぃ。財布忘れたから飯代貸してくんねぇ?」
 半ば強引に亀松の手首をつかみ、子安たちの輪から引き離して教室の出口に向かう。
 宮浦の背後から子安の声が響いた。
「俺の飯代持ってどこ行くんだよ」
 昼休みの教室はざわついていたが、普段とは違う緊張感を感じ取ったクラスメイトたちは聞き耳を立てているようだった。
 宮浦は振り返り、子安を睨(にら)みつけた。
「『俺の飯代』って、なんで亀松の財布におまえの金があんだよ」
「その金は俺が亀松に貸してたんだよ。そうだよなあ、亀松」 
「えっと……」
 亀松は返答に困りはて媚(こ)びるような笑いを浮かべている。
「どうすんの、亀松?」と子安の取り巻きたちが口々に騒ぎ立てる。 
亀松の額からは大粒の汗が流れていた。その様子を見て、子安は意地悪くすごんでくる。
「どうすんだよお、亀松。俺の金だよなあ?」
 子安は亀松に息がかかるほどの近さまで顔を寄せてくる。
 亀松は引き攣(つ)ったような笑みを浮かべていた。
「亀松が借りたんなら、借りた金をどうしようが亀松の勝手だろうが」
 宮浦は亀松を引きずるように教室を後にした。後ろで子安と取り巻きが何か叫んでいたがまったく耳に入らなかった。


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