小説

『再び』川合玉川(『浦島太郎』)

 早乙女の背は小さい。横並びになると宮浦からは早乙女の整ったつむじが確認できる。
 不意に早乙女が口を開いた。
「ここの浜辺の砂、輸入してるって知ってた? 砂が風で飛ばされてね。どんどん減ってくから、オーストラリアから買ってつぎ足しているのね」
「化学の塚本がそんなこと言ってたっけ」
「そうまでして地元の名物として白い浜を保とうとする」
「そういうの嫌い?」
 早乙女は歩みをとめた。不思議そうに宮浦の顔を見る。
「嫌い? 事実について言っただけ。好きか嫌いか考えたことがない。観光客を呼ぶためでしょう。私が好きでも嫌いでも浜の白さは変わらない」
「早乙女って……そんな喋り方なのな」
 早乙女の反応はない。宮浦は言葉を接(つ)ぐ。
「べつに批判とかじゃなくて……」
「わかってる」
 早乙女はそれだけ言うとさっさと歩き出した。
「ちょっと待てって……」
 早乙女の声は一定で熱を感じない。音声読み上げアプリのAIみたい。AIだってもうちょっと愛想がありそうだけど。
 早乙女の口調は淡々としていて独り言のようだ。
「周りから『好き?』とか『嫌い?』とかよく訊かれるけれど、その多くは好きでも嫌いでもない。考えたことがない。なぜ周りの人間はどうでもいいことを確認したがるのか、そこに疑問を感じるの」
 宮浦が聴いていようがいまいがお構いなしという様子だった。
「よくわかんないけど、コミュニケーションてそういうもんだろ。『いい天気ですね』とかも、べつに天気のことはどうでもよくて親しくなるきっかけみたいな。会話の糸口っていうの?」
「婉曲ね。多義的な言動は誤解を招く。それなら『私はあなたと親しくなりたい』と言えば?」
「機械じゃないんだからそうもいかないだろ」
「どうして?」
「どうしてって……なんだか調子狂うなあ」
「『狂う』というのは正常な位置を認識しているから狂いがわかるということ。つまり修正は容易(たやす)いのでは」
「はあ……まあ……そういうことになりますか」
 これほど噛み合わない会話も珍しい。早乙女は自分と友達、もしくはそれ以上の関係になりたいのだろうか。ここから友好的な関係が生まれるとはとても思えないけど。スマホのAIとのほうが友好的な関係を築けそうだ。
 それでも一緒に帰っているわけだし、SNSのID交換でも申し込んだ方がいいのかな。
「早乙女ってSNSとかやってる?」

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