小説

『白雪』南りり(『白雪姫』)

「寒いなあ。」
「今日はこんなにたくさん木が切れたぜ。」
 曇った私の視界に、木々の死体が映る。
「こんな日こそ暖炉が役に立つよ。」
「まだだな、薪がもったいない。」
「腹が減ったなあ。」
「こんな時に白雪姫がいてくれたらなあ。」
「あの子なら、あったかい料理を作って待っててくれたのになあ。」
「その上あったかいお風呂。」
 誰かのおなかが鳴るのが聞こえる。みんな結局木を切って、スープの中に自分を入れて早く無くなりたいだけのくせに、どうして私のところに来ないんだろう。白雪の価値があったかいことなら、私にももちろん価値がある。みんな、早くこっちを見て。私は特別なんだから。私はこんなにも、芸術的なの。
「私は白雪よ。」
 私は七人を自分の声の中に呼び込みたかった。次の瞬間。あたりが突然真っ暗になって、私は真空空間に放り出された。

暗闇よりも濃い空白

 身体中に熱が広がったと思ったら、次の瞬間熱は身体になっていた。私は隙を見逃さない。一度消えたって、どうってことがないってもうわかったから。
「私が居なくなったって、誰も悲しまないってわかったから。」
「私が居なくなったって、私は平気だってわかったから。」
 自分の身を守るのはやめる。そんなことしなくても私は自由だから。私は無垢な少女でいることをやめた。どうやら、七人の小人さんたちは今帰ってきたばかりみたい。バタン。ドアの外で、吹雪が唸っている。私は、まず、ティッシュのなくなるはやさを速めてあげる。鼻水に包まれて移動するよりましでしょう。薄っぺらいティッシュは口の中でしゅわしゅわと消えた。初めて食べる味がしておどろいたけれど、かまっていられない。七人の小人たちは、それぞれ椅子に座って本を読んだり長靴を脱いだりしている。誰も、私の方を見ないのが悪い。私のことを思い出すのは、白雪姫のことを思い出すときだけ。私は、小人の履いている靴下にそっと触れた。昔、かつて私が愛人だった時に、脱がしてあげた茶色の靴下だ。私は、熱く床をのたうち回る。私の声が、やっと空気の管を伝う。私は空気と完全に溶け合った。多分、今私が吸っている空気の中には白雪姫もいる。つまり私は白雪だ。もう惨めなおばさんなんかじゃない。

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