小説

『プラットホーム』サクラギコウ(『羅生門』)

 人を殺してしまった。
 連日深夜の帰宅が続いていた。働き方改革なんて中小企業には関係ない。こんな労働状態だから未希も俺から去っていった。無理もない。いや、そうではない。彼女には新しい彼氏ができたのだ。それが原因なのだ。

 あの日も最終電車での帰宅だった。夕飯も食べていなかった。アパートの冷蔵庫には何も入っていないことは分かっていた。コンビニで何か買って帰ろうかと思ったが疲れ過ぎて食欲もなかった。重い足を運び駅の階段を上りホームへと向かった。あの駅はエスカレーターさえない。

「助けて!」という若い女の声が聞こえた。ホームには数人のサラリーマンらしき男たちがいた。声の主を捜してみる。酔っぱらい男が女に纏わりついていた。後姿では男は俺と同じくらいの27、8歳に見えた。女は太ももの付け根で切られたショートパンツ姿だ。長くて形の良い足を出していた。上半身は胸が半分くらい見えるタンクトップで10代後半か20歳そこそこのようだ。
 あんな格好で夜の一人歩きとは自業自得だ。次は最終電車だ。ごたごたに巻き込まれて乗り損ねたくはない。
絡んでいる男より若い女に嫌悪感を抱いた。ホームにいる男たちも同じ思いなのか、女を助けようとする者は誰もいなかった。
「助けてください!」女が俺を見て言った。目が合い、心で舌打ちをした。それを無視するほど悪人でも無神経でもなかったからだ。

 女と酔っ払い男との間に入り、男の顔を見た。どこかで見たことがある気がした。酔ってなければ十分にイケメンの会社員だ。男が毒づいた。
「恰好つけてんじゃねえ!」
 喧嘩を売るつもりはなかった。なり行き上こうなっただけだ。相手の女性が嫌がってるんだから止めようよ、と穏やかに説得した。
 最終電車の音がした。
 酔っ払い男は邪魔されたことで頭に来たのか、俺に向かって攻撃を開始した。威嚇しながら蹴り続けてくる。それほど酔っていないのではないかと思えるほど足の力は強かった。
 キックボクシングは好きだ。よく家でサンドバックを蹴っている。ストレス発散にはもってこいなのだ。蹴られながら俺の方がもう少し強い蹴りを入れられるな、と頭を過った。
 最終電車が近づいてくる。
 蹴られながらじりじりと後退していった。このままいけば線路に突き落とされるかもしれない。次の蹴りは避けたい。こんな疲れた体でこれ以上痛い思いはしたくない。
 次の瞬間、廻し蹴りをした俺の右足が男を直撃していた。

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