小説

『プラットホーム』サクラギコウ(『羅生門』)

 死んだ男はまだ若かったこともあり両親が激怒していた。「過剰防衛」として是非罰してほしいと望んでいた。

 裁判では「廻し蹴り」が相当だったかどうかが判断される。別の方法で酔っ払い男からの攻撃を避けることができたか、できなかったのか。緊急時の危機に対する「必要性」と「相当性」が判断の基準となるのだ。「反撃行為は権利を防衛するために必要かつ相当な程度でなくてはならない」という要件があるからだ。
 弁護士は「正当防衛」を勝ち取る気満々だが、俺は不安になった。あの時、電車が来ていたことは知っていたからだ。だが弁護士は、あのまま蹴られ続けたらあなたの方が線路に落ちていたかもしれないと強調した。
 女は身を守るために助けを求めたと主張し、検事は電車が近づいていると知りながら、廻し蹴りをする必要があったのかと尋問した。
 次第に俺の心は絶望感から怒りへと変わっていった。憎しみの矛先を全てのものに向けるようになっていた。俺を犯罪者として扱う検事に、死んだ男に、見て見ぬふりをしたサラリーマンに、そして俺に助けを求めたあの女に。助けようとした人間が罪を問われるのなら、もう人助けなどしたくない。正義とはなんなのだ。

 助けた女との間に面識はなく、利害関係もない。俺が穏やかに仲裁に入ろうとしたこと、男が執拗に俺を蹴り続けたことなどが事実認定された。
 俺は「正当防衛」を勝ち取った。似たような事件で「正当防衛」が認められた判例があることも大きかったようだ。判例は一つの法律として機能している。

「正当防衛」を勝ち取ったことで、俺の生活は一転した。友人や周囲の人たちの見る目も温かいものに変わっていった。だが俺は一つだけ弁護士に言っていないことがある。誰にも話していないことだ。
 女は身を守るために見ず知らずの俺を巻き込んだ。死んだ男の側でさえ過剰に危害を加えられたと訴えた。だから俺も生きていくために身を守らなければならなかった。

 あの時、女からの助けを求められ仲裁に入り、男の顔を見て誰かに似ていると思った。そして、男の執拗な蹴りを受けながら思い出したのだ。俺をふった未希の新しい男に似ていた。別れのきっかけとなった時、ちらりと見ただけの男だ。同人物かどうか分からない。おそらく別人だろう。だがよく似ていた。そう思った瞬間、俺の廻し蹴りが男の頭を直撃していた。

 もう忘れよう。誰も知らないことだ。俺は正義を果たそうとしただけなのだ。

1 2 3