小説

『夢みてえな一錠があんだけどよ』田中慧(『スピードのでる薬、怪盗紳士ルパン』)

 きっと俺は夢を見ていたんだ。それも、とびきりに悪い夢だ。そうとでも思わねえと説明がつかねえし、その前に頭がどうにかなっちまいそうだ。
 たった今の今まで、俺の身に起こっていたことを説明するぜ。
 一度しか言わねえからよく聞いてくれ。
 え? そんな暇はないだって?
 なら、お前もこれを飲むといい。
 安心しな、身体に害はないんだ。
 あいつもそう言ってたし、ほら、俺もこうやってぴんぴんしてる。そうだ。水は必要ない。ゆっくり口の中で溶かせ。俺も飲むからな。
 いや、確かにこの薬の話だから、お前が試せばいいだけの話だ。けどな、お前がこの薬の性能に気付いちまった時が、世界の終焉を告げる時だ。
 ああ、お前は何をしでかすか分からねえ。良い意味でも悪い意味でも、お前はまともじゃねえからな。
 確かにお前の事を信用してるからこそ、この薬の話をするわけなんだが。
 まあ、それはいい。溶けたか?
 なら聞け。
 そうだ、薬が効く前に時計を見ておけ。
 今は十三時の、十六分だ。それに二十八秒。覚えたか?
 俺は今の時間を覚えるつもりはない。お前だけが覚えておくんだ。よし。頭に叩き込んだな。
 俺の話が終わるまで、絶対に忘れるなよ。いいな。

 俺は今朝、七時ごろに目が覚めたんだ。アニキがまたロクでもねえ薬を手に入れたってんで、人体実験だ。朝早くから呼び出されちまったんだよ。
 俺は今までも様々なヤクをやらされてきた。そりゃあ中には上物もあったってもんだが、ほとんどがくだらねえ、性能だけが一人歩きしただけのもんでさ。アニキはいつも大量に仕入れやがるから、てんで売れやしねえ。元の木阿弥ってもんよ。
 まあ、それはいいや。で、俺は事務所に向かったんだ。スカしたガキをぶちのめした時に頂戴したデカいバイクでな。俺はバイクに何の興味もねえからメーカーすら知らねえ。ただ、そいつはバカでけえ代物だ。俺はハニーブルと呼んでる。愛しの猛牛野郎ってわけよ。なんだ、お前も見たことあるか。そうか。悪かったな。
 事務所に着くと、アニキが知らねえアメリカ男と待ってやがった。
 いつも寝坊ばかりのアニキだからどうせ遅れてくるだろうと踏んでた。とんだ誤算だったってわけだ。
 アニキはいつも以上にニヤついてやがった。

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