小説

『夢みてえな一錠があんだけどよ』田中慧(『スピードのでる薬、怪盗紳士ルパン』)

 俺達は、ネエちゃんのぶったまげた面を見る前に飽きちまって店を出たんだ。今頃、ずぶ濡れのネエちゃん達がわけも分からず狼狽してるところだろうよ。
 店を出て、俺はウェルズに何錠か売ってくれと頼み込んだ。そしたらアニキが割って入って、お前がこの薬を売りさばく側なんだろうがって言った。
 ウェルズは俺に三百錠ほど渡してきたんだ。値段は、この経験をしたお前が決めろ、ってな。
 俺は薬の効果が切れるまで歩いて、ここまでやってきたんだ。世界が元どおり動き出す瞬間は焦ったぜ。
 なあ、俺と手を組まないか? 
 信頼できるお前だからこそ言ってるんだ。それにお前は暴れられる。両刀なんだよ。
 この薬を使って、荒稼ぎ出来るだろう。薬を売ってチマチマ稼ぐよりずっといい。
 銀行、宝石店、それに近所の喫茶店までも。あるいは全世界の家という家。全ての金を盗むことが出来る、最強の薬なんだよ。
 何を疑ってやがる。時計を見てみな。十三時の十六分、それに二十九秒だ。
 今、俺達は現実世界ではたったの一秒しか動いてないんだよ。信じたか? よし。
 それなら、まずは銀行に向かおう。ここから五分ほどの所に銀行があったはずだ。いや、今の俺達なら一秒もかからない。
 笑えるだろ? この世界の覇者なんだよ。俺達はそう。
 お前のコレクションから何丁か持っていくか?
 冗談だ、必要ねえよ。これからは丸腰で誰にも気付かれず金を盗む時代だ。
 ルパンもびっくりだぜ。さあ、行こうか。薬の効果が切れちまう前によ。

 そっちはもう何もないか? よし。ふふふ、銀行員どものまぬけ面、写真に収めてやりたいよなあ。カメラでも持ってきておけばよかったぜ。
 スリルが足りねえなあ。もっと、こう、セキュリティの厚いところへ入ってやりたいぜ。
 そうだな。この金で海外行っちまうか。で、どこか有名な美術館で絵でも盗んでやろうか。
 別に、それは金にならなくてもいい。それはコレクションだ。俺達が築き上げる財産の、いわば見せしめってやつだな。
 おい、どうした、何を笑っている。
 やめろ、裏切る気か? 俺を殺して薬を奪うなんて、どうかしてる。
 いいから、薬を下ろせ。飲むなよ? いいな。
 飲むなって言っただろう!
 おい、どこに行く!
 こっちか? 

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