目がさめるとパサツグネ・バサ子はひとりぼっちでした。あら寂しいわ。でも、いつものことね。心のなかでそうつぶやいて、彼女はおおきくのびをしました。つめたい朝の空気が渦をまいてパサツグネ・バサ子の肺にながれこみます。
さあカーテンをあけましょう。きょうは晴れかしら? 雨かしら?
彼女はベッドから立ちあがり、窓辺へ歩みよりました。手をのばし、カーテンをひらきます。オニギリ山のうえに、太陽が顔をだしています。眠たげな青空が、ナスビ島の頭上でたゆたっています。雲はどこにもみあたりません。
晴れだわ。よく晴れてる。幸先がいいわね。きょうはきっと、いい日になるにちがいない。
パサツグネ・バサ子は窓をあけはなち、翼をひろげ、窓枠に片足をかけてびょんと外へとびだしました。
バサバサバサ、バサバサバサ。バサバサバサ、バサバサバサ。
パジャマのままでおでかけです。
パサツグネ・バサ子はびゅんびゅん飛びます。早すぎてパジャマが脱げてゆきます。だけどパサツグネ・バサ子は気にしません。ひとりぼっちだからです。澄みわたる大空でひとり、裸なんて、なんと清々しいのでしょうか。ひとりは自由です。パジャマの上が脱げて、次に下が脱げます。
翼がバサバサと動き、きれいな羽が一枚ひらりと落ちました。ひらり、ひらりと舞い落ちて、パサツグネ・バサ子の純白の羽はオニギリ山に住むおそろしいトロールの頭に突き刺さりました。
トロールが「わああ!」と大声をあげます。かわいそうに。このトロールはたったいま、三千年の長い眠りから目をさまして、オニギリ山の山頂で優雅に目覚めの紅茶をのんでいる最中だったのです。とつぜんの痛みに驚いたトロールは、あつあつの紅茶をひざのうえにこぼして、大火傷をおってしまいました。彼がショックでショック死してしまったのはいうまでもありません。
パサツグネ・バサ子は旋回して怪物のかたわらに舞い降りました。しかし、パサツグネ・バサ子は今までひとりぼっちで暮らしていたので、この怪物がなんの生き物かわかりません。この怪物がなんの生き物で、どこからあらわれたのか、パサツグネ・バサ子はけんとうもつきません。だけど、このふとっちょのなにかと一緒にお喋りを楽しむことがもう二度とないことはわかります。
いつものことね。パサツグネ・バサ子はそういって、そばに落ちていた羽をそっと怪物の体の上にかさねました。
こぼれた紅茶に朝日が反射して、きらきらと輝いていました。