『蜘蛛の意図』結城熊雄(『蜘蛛の糸』)
性根の腐ったお釈迦様とは違い、神田太一は純粋な男だった。良い奴にはどこまでも味方し力になる。悪い奴は徹底的に懲らしめ打ち倒す。単純だった。言い換えれば馬鹿と形容してもいい。 たとえば生活に困っている友人には自分のこと […]
『真夏の浦島奇譚』小杉友太(『浦島太郎(御伽草子)』)
変な爺さんがいる、と聞いたのは薄曇りの蒸し暑い午後のことだった。鉄板にこびりついた焦げかすをヘラで落としていた私に、怯えた表情で教えに来たのは一緒に働いているバイト仲間のユリである。ユリは私のエプロンの端をつまみ、なん […]
『ほら吹きの詩』辻川圭(『君死に給うこと勿れ』)
「恥の多い生涯を送ってきました」 廃墟ビルの屋上で、僕はそう呟いた。 それから少し俯きながら、ゆっくり足を前に進めた。前方には錆び付いたフェンスが見えた。僕はフェンスに両肘を置き、そっと下を覗き込んだ。廃墟ビルの真 […]
『a step ahead』奥田あかね(『鉢かづき姫』)
賢治は、手元の五十音表を幾分か持て余しながら、その人物が来るのを待っていた。 「今お連れしますからね。こちらから担当サポーターをご紹介できるのは今回が最後になりますので、くれぐれもそのおつもりで。」 「分かっているよ。 […]
『キズをおって』森本航(『飯野山と青ノ山の喧嘩』(香川県))
小さい頃、私と泉を指して「飯野山と青ノ山みたいやな」と言われたことがある。 私たちの町の、南北にある二つの山。 飯野山は、標高400メートルちょっと。頂上付近の東側が少し窪んでるものの、絵に描いたような綺麗な三角形 […]
『チェロの糸』伊藤東京(『蜘蛛の糸』(芥川龍之介))
拍手の音が会場に響き、舞台の上、眩しい照明の中で父と母と兄がそれぞれ手を取り合ってお辞儀をした。私は暗い観客席から、私抜きの家族の笑顔をただ眺めていた。 幕が下りた後に控え室を訪ねると、両親も兄も使った楽器を楽器ケー […]
『伊勢志摩の人魚』伊藤東京(『人魚姫』)
鼓動が聞こえる。全ての生命の源である海の中で、私は膝を抱えて丸くなりながら浮いていた。波が寄せる度に近くの岩場で波が崩れるのが伝わって、まるで母体の鼓動を聞いている胎児のような気分だ。 目を開けると、楕円形の水中眼鏡 […]
『波と波の間』村上ノエミ(『人魚塚』(新潟県上後市))
不可思議な出来事は、日常のほんの歪みに現れる。けれども、その不可思議も、一度身に起きてしまえば、私の日常と成っていく。 私はその日も、日本海に溶けゆく夕陽を見届け、灯籠を灯しにお宮へ出向いた。何かが違っていただろうか […]
『雪路の果てに』春比乃霞(『こんな晩、雪女、座敷わらし』(日本各地(こんな晩、雪女)、岩手県など(座敷わらし))
「こんな晩だったな、お前に殺されたのは」 それまで一言も口をきかなかった少年が、父親に言い放った最初の言葉だった。 雪の積もった真夜中、満月の下で父親は愕然とする。我が子の顔は、かつて殺した旅人の顔そのものだった。 […]
『蜜柑伯父さん』吉岡幸一(『こぶとりじいさん』)
我が家は蜜柑に困ることがありませんでした。それは家が蜜柑農家をしているといった理由ではありません。農家ではありませんし、庭に蜜柑の木も植えていません。大量に購入しているわけでもありません。 我が家で居候をしている伯父 […]
『揺れ、そして凪ぐ』リンゴの木(『竹取物語』)
ジリリリリ、ベルが鳴った。布団を蹴り上げ上体を起こし、3回手ぐしで髪をとかすと、よいさっ、と足をカーペットに下ろし、冬の朝の冷たさを体感する。ジリリリリ、けたたましいこの音は、私の頭蓋骨の中で響いて逃げまどっているかのよ […]
『陽菜と陽菜』山崎ゆのひ(『うつくしきもの(清少納言)』)
「あ、まただ」 下駄箱を開けた瞬間、私は舌打ちした。『伊藤陽菜様』と書かれた白い封筒。間違いなくラブレターだ。でも、これは私宛じゃない。100%もう一人の伊藤陽菜、通称『可愛い方』に宛てたもの。癪に障るけど自分は『可愛 […]
『シュレーディンガーのうらしま』さかうえさおり(『浦島太郎』)
「竜宮城発見か」と騒ぐワイドショーを聞くともなしに聞きながら、俺は部屋の片付けを進めた。 「他国の調査設備かもしれません」「蜃気楼のように消えちゃうんでしょ? どんな技術で……」「調査の結果を待たないと何とも……」 […]
『Hoichi~芳一』八島游舷(『耳なし芳一』(山口県下関市))
俺は芳一。ラッパーだ。頭はスキンヘッドにしてるから毛はないが、金もない。 週に一度は、関門海峡沿いのストリートでライブしたり、仲間たちとサイファーしたりする。いつもは下関側だが、たまには海峡を渡って門司のレトロ地区で […]
『座敷ボッコたち』春名功武(『ざしき童子のはなし』(東北地方))
林間学校の3日目の夜。明日が最終日という事もあり、生徒たちは気が緩んでいた。5年2組の担任教師の部屋に、数人のませた女子生徒がやってきて、何か怖い話をしてくれとせがんだ。担任の男は、子供の頃に聞いた座敷ボッコの話をした […]
『犬の兵隊さん』平井鮎香(『桃太郎』)
「どんぶら子!どんぶら子!」 兵隊さんが名を呼びながら、けたたましい音を立てて戸を叩く。 朝っぱらのやかましさは大層迷惑なものだが、この不必要に感じる騒がしさは、自分の力を町民に誇示するためと、ちゃんと仕事やってます感 […]
『迷い子達へ』蒼山ゆう子(『マヨイガ』(東北地方、関東地方))
襖を開くと、真新しさを感じるい草の香りがした。 奥に見えるのは、閉じられた襖だ。 「なんで?」 幸(さち)が今いる場所は、玄関から入ってすぐの部屋のはずだ。 この襖を開けた先に見えるものは、玄関でなければならない […]
『ヘルメット・ガール』益子悦子(『鉢かつぎ姫』(河内の国))
「ストーップ!」 ボーカルの茜が号令をかけても美音だけはギターを弾き続けていた。その悦に入った表情から完全に自分の世界に入ってしまっている。やや音程のずれたギターソロにバンドのメンバーはさして驚きもせず、「またはじまった […]
『天翔けるポチの花』阿部凌大(『花坂爺さん』)
思えばポチとは、随分と長く一緒にいたものだ。嫁さんが亡くなってから俺がおかしくもならずに、こうして平穏気ままに暮らしてこれたのは、いつだって隣にポチがいてくれたからだ。 だからポチの鳴き声はすっかり俺の鼓膜に染みつい […]
『そのとき、ジュネーヴでは』夏迫杏(『高瀬舟(森鴎外)』(京都))
凍ったものがすべて溶けると信じてやまない三月に、くし、とトミナガはひとつ嚔をした。マスクをしていても鼻腔はとめどなく溢れてくる鼻水でぐずつき、眼球だか粘膜だかもごろごろと痒く、目には見えなくても杉の花粉は存在しているの […]
『ふれた』白井綿(『お階段めぐり』(長野県))
「地獄だ」 男がひとり、冬の夜の街をフラフラと歩いている。 まだ二十八歳だというのに、その顔はやつれ、灰色のスーツは依れて風に吹かれている。大学を卒業して新聞記者となってから、買い換えに行く暇もなく着続けているからか […]
『オシラサマ異聞』川音夜さり(『オシラサマの伝承』(東北地方))
俄かに垂れ込めた黒雲が冷たい雨足を運んできた。渓流沿いの山道は泥濘と化し、旅装束の弥次郎は歩を進めるのに難儀していた。近道をしようとして、かえって道を誤ったのだ。刻限もよくわからないが、とっくに日が傾く頃合いだろう。ど […]
『寿限無の名付け』名鳩玲(『寿限無』)
「ねえあなた、子供の名前考えてくれた?」 「うーん、考えてはいるんだけどまだ・・・」 女房に問われた『寿限無寿限無五劫のすりきれ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイ […]
『出自』滝怜奈(『かぐや姫、桃太郎、親指太郎』)
1 「見てください、これ!光る竹です!」 「やばくないですかー、皆さん!てか竹切って中見てみようよ、かぐや姫みたいに人がいるかもよ!」 「そんなわけないでしょ(笑い)。でもまあ、切ってみようと思います!(決め顔)」 ぎ […]
『夢の潮合い』あやこあにぃ(『天女伝説』(静岡県三保の松原))
そうだった、今日って神事の日だっけ。 静かだと思って向かった海岸がいたく騒がしく、一色大和(いっしきやまと)はハタと歩を止めた。準備に動き回っている神社の神主と氏子たちの目に触れないよう、そっと防風林の中へ分け入る。 […]
『大先生』太田純平(『千早振る(落語)』)
中学の国語の授業中であった。窓の外の草木は紅葉をむかえ美しくその姿を変えている。黒板には「和歌」「小倉百人一首」といった文字。前の授業は体育だったのか、まだ微かに制汗シートの匂いが教室を漂っている。 「わが庵は~都のた […]
『あの日、隠したものは』粟生深泥(『天の羽衣』)
「彩夏、何してんの?」 冬の寒さに身を縮めながら登校すると、彩夏が下駄箱の中を覗き込んでいた。彩夏は片手に革靴を持っているからその仕草自体は別に不自然ではないのだけど、覗き込んでいるのは彩夏の下駄箱ではないはずだ。 […]
『飴買い』秋野蓮(『産女の幽霊』(長崎県長崎市))
仕事の忙しさを言い訳にして、その次は「コロナが流行っているから」を言い訳にしてずいぶんと帰省していなかったが、訳あって8年ぶりに長崎の実家に戻った。 私に親はいない。 祖父母が親代わりだった。 母は若くして道なら […]
『しんしんと。』裏木戸夕暮(『三好達治詩集「測量船」より「雪」)
判明したのは肝臓の癌でした。 枯れ葉が地面に落ちる瞬間を見て、自分は死ぬのだと思いました。 日記を整理しておりますと若い頃が偲ばれます。時の端切れを繋ぎ合わせるパッチワークのような、他の誰の役にも立たない作業に残り […]
『ひとつくらいは手を貸そう』有栖れの(『天狗の羽団扇』)
一陣の春風が、穏やかな光の中に降り積もる淡い花弁を巻き上げて踊る。 その中に静かに佇む美丈夫は、まるで一服の絵画と見紛うほどであったが――少年はぼんやりと、“なんだか似合わないなぁ”と思ったのだ。 電車でふた駅離れ […]